企業買収の過程では、最後まで何が起こるかわからない。ポルシェ社とフォルクスワーゲン社(VW)の合併問題を3年前から追ってきて、そう思った。
ポルシェの持ち株会社であるポルシェ・ホールディングは、欧州最大の自動車メーカー・VWの株式の51%をすでに取得している。ポルシェは当初、この比率を75%まで引き上げて、VWを完全に傘下に置くことを目指していた。
スポーツカーの名門企業ポルシェは、1990年代初めに倒産の瀬戸際に追いつめられていたが、ヴェンデリン・ヴィーデキング氏が社長に就任してリストラを行い、世界で最も収益性が高い企業の1つに生まれ変わった。新車を毎年10万台前後しか製造しないポルシェが、年間生産台数600万台のVWを買収するプロジェクトは、「小人が巨人を飲み込む買収」として注目された。ヴィーデキング氏が買収を完了し、欧州のトップ自動車メーカーに君臨するのは時間の問題と思われていた。
ところが今年5月初め、思わぬ逆転劇が起きた。ポルシェの大株主であるポルシェ家は、VW買収計画を撤回し、「ポルシェとVWは独立の企業として1つのグループに属する」という方針を明らかにしたのである。その最大の理由は、ポルシェの財務状態が悪化したことである。同社ではVW買収計画のために債務が増加したが、不況のあおりを受けて売上高と利益が減少したため、利払いをスムーズに行えなくなる危険が浮上してきたのだ。金融危機の影響で現在、銀行の融資条件は非常に厳しくなっている。
常に自信に満ち溢れ、ドイツで最も高い報酬を得てきたヴィーデキング社長にとって、VW買収計画の頓挫は大きな敗北である。「コスト・キラー」として知られる彼は、VWの買収を完了したあかつきには、ポルシェ式の経営や生産手法をVWに導入して、収益性を高めるという方針を明らかにしていた。このことは、老朽化した工場の閉鎖やリストラに直結するので、VWの労働者たちからはポルシェに対する反発の声が上がっていた。
ポルシェの挫折を聞いて微笑んでいるのは、VWの社長だったフェルディナンド・ピエヒ氏だろう。彼はヒトラーのために国民車フォルクスワーゲンを生んだ自動車デザイナー、フェルディナンド・ポルシェの孫である。
ドイツの自動車業界で隠然たる影響力を持つピエヒ氏は近年、ヴィーデキング氏と犬猿の仲だった。祖父が築いたVW帝国がポルシェに飲み込まれることなく、ポルシェと対等の企業として1つのグループに属することは、ピエヒ氏にとっては勝利である。ポルシェがVWを買収していたら、VWグループで赤字を出している高級車の生産が中止される恐れがあった。ポルシェが買収をあきらめたことで、ピエヒ氏は面目をつぶされずに済んだ。彼は逆にポルシェをVWグループに加えることすら提案している。
VWは外国企業による買収からも守られている。これは、VWの大株主ニーダーザクセン州政府が「VW法」と呼ばれる特別な法律によって、最大の議決権を与えられているためだ。ポルシェが白旗を掲げたことで、1930年代から綿々と続くVW帝国の安定性は高まることになった。ヴィーデキング氏が要職から退くのは、時間の問題だろう。
22 Mai 2009 Nr. 766