東西統一後のドイツ政府や裁判所は、ナチスの圧政による被害者たちに温情的な態度を示すことが多い。今月8日にも、カッセルにある連邦社会福祉裁判所が、ユダヤ人たちに有利な判決を下した。
第2次世界大戦中にナチスは、ワルシャワをはじめとするポーランドや旧ソ連の都市でユダヤ人たちを住居から追い出し、強制収容所に送る前にゲットーに押し込んだ。ユダヤ人たちの中には食べ物、または食糧の配給切符と引き換えに工場などで働く人もいた。
今日のドイツの社会保障の原則によると、報酬と引き換えに行われた労働については、引退後に年金が払われなくてはならない。しかし戦後長い間、ゲットーでの労働については年金が支払われてこなかった。
このためドイツ政府は、2002年に「ゲットー労働者のための年金法」(ZRBG)という法律を施行させた。だがこれまで担当官庁は、「ゲットーのユダヤ人たちが仕事と引き換えに受け取った食料や配給切符は、厳密な意味での給料には値しないので、労働の報酬と認められない」として年金の支払いを拒んできた。この結果、年金を申請したユダヤ人7万人のうち、90%が年金を受け取ることができなかった。
これに対し連邦社会福祉裁判所は、「たとえ食べ物や配給切符であっても、ゲットーで行われた労働の報酬と見なすべきだ」という判断を初めて示した。これによって、6万人を超える人々にゲットーでの労働に対する年金が支払われる道が開かれたのである。
ナチスはゲットーに対する食糧の配給を大幅に切り詰めていたので、ワルシャワ・ゲットーなどでは餓死者が続出した。このためゲットーではパン一切れ、スープ一杯も命を支えるための貴重な「通貨」だったのである。せっかく被害者のための年金法を作っても、申請者の9割が年金を受け取れないのでは意味がない。こう考えると、連邦社会福祉裁判所の判決は妥当なものと言うべきだろう。
このほか、ドイツ政府と6400社の企業は、「記憶・責任・未来」(Erinnerung, Verantwortung, Zukunft)という賠償基金を2000年に設立し、ウクライナ、ロシア、ポーランドなどに住んでいた165万7000人の強制労働被害者に対して、これまでに43億1600万ユーロ(約5610億800万円)の賠償金を支払っている。さらに同基金は、強制収容所での人体実験の被害者ら8000人あまりに5123万ユーロ、財産の没収などで損害を受けた1万5781人に8900万ユーロを払っている。
ナチスが犯した罪は、決して金で償えるものではない。被害者の失われた青春、殺された家族は賠償金をもらっても帰ってこない。しかしドイツ政府の態度は、賠償金で少しでも生存者や遺族の生活を楽にすることによって、謝罪の意思を示そうとするものである。
今日のドイツがEUの一員として、周辺の国々から深い信頼を寄せられている背景には、こうした努力があることを忘れてはならない。
26 Juni 2009 Nr. 771