Hanacell

イランの混乱とドイツ

6月中旬以来、イランが揺れている。6月12日に行われた大統領選挙では現職のアハマディネジャド氏が圧勝したが、対立候補ムサビ氏の支持者ら数十万人の市民が「アハマディネジャド氏の勝利は不正によるもの」として、大規模な抗議デモを行ったのである。

市民は票の再点検と選挙のやり直しを要求している。だが宗教上の最高指導者であるハメネイ師はすでにアハマディネジャド氏の勝利を祝福しており、現政権の支持に回ったものと見られている。

デモは初めの内平穏に行われていたが、警官隊が発砲したため市民の間に多数の死傷者が出ているほか、反体制派の市民ら500人あまりが逮捕された。イランでこれほど規模の大きなデモが起きたのは、1979年のイラン革命以来のことである。だがイラン政府は外国人記者のデモに関する取材や携帯電話の使用を制限しているために、客観的な情報が外国に伝わらない。

欧米諸国は、今回の事態を重大な関心を持って見守っている。ドイツのメルケル首相はイラン政府に対して、「デモの参加者を暴力で弾圧してはならない」と警告。報道機関の取材を許可し、市民の要求通り票の再集計を行うように求めている。だが欧米諸国は声明を発表するのが関の山で、イラン国内の政局に直接影響を与えることはできない。

欧米諸国が重大な関心を寄せている理由は、今回のデモが30年前に成立したイラン・イスラム共和国の基盤を揺るがしかねない起爆力を持っていたからである。アハマディネジャド氏は、民主主義と公正な選挙を求める市民の潜在的なパワーを過小評価していたことになる。同時にこのデモは、対米強硬派であるアハマディネジャド氏と穏健派の間で、激しい権力闘争が繰り広げられていることを示唆している。

7300万人の人口を持つ産油国イランは、中東にとって地政学的に重要な存在だ。特にイランが核兵器の開発を進めていることは、核拡散防止の観点から深刻な問題である。現在中東地域で核兵器を持っているのは、イスラエルだけ。イランが核武装を目指しているのはイスラエルに対抗するためと見られるが、アハマディネジャド大統領はイスラエルの殲滅を公言し、ホロコースト(ナチスによるユダヤ人虐殺)を疑問視する過激な人物である。

イランが核武装に成功した場合、中東の他の国々も抑止力を持つために核保有を目指し、中東で核軍拡競争が始まる可能性もある。こうした危険なシナリオに歯止めをかけるためにも、イランの政権が穏健化することは欧米諸国にとって極めて重要なのだ。だが核問題をめぐる国際交渉は、暗礁に乗り上げている。

このデモが起きる前、米国のオバマ政権は核交渉の突破口を見出すために、イラン政府と直接対話する姿勢を打ち出していた。だが長年にわたって対立してきた米国とイランが和解するのは、容易なことではない。

ドイツはイランの最も重要な貿易パートナーの1つであり、長い交流の歴史を持つ。ドイツ政府には独自のチャンネルを生かして米国とイランの間の仲介役となり、イランが国際社会からの孤立に終止符を打つために貢献する役割を果たして欲しい。

3 Juli 2009 Nr. 772

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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