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コッホ辞任の衝撃波

ヘッセン州のローラント・コッホ首相が「今年8月末で辞任し、キリスト教民主同盟(CDU)のすべての役職から退く」という意向を突然表明したことは、ドイツの政界を驚かせた。

コッホ氏は、コール元首相に見出されて出世した。CDU保守派の重鎮であるだけに、彼の辞任はメルケル首相だけでなく党にとって大きな損失である。

彼は1999年の州議会選挙で、外国人が二重国籍を取ることについて反対するキャンペーンを行って勝利を収めた。このキャンペーンの中でコッホ氏は外国人について否定的なイメージを前面に押し出し、有権者の共感を得た。このため左派知識人やリベラル政党は彼を「政治的な目的を達成するためには、反外国人的な言辞も使う人物」と批判した。

だがコッホ氏は、百戦錬磨のタフガイ、そして運の強い政治家である。2000年に明るみに出たCDUの不正献金疑惑でも名前を取り沙汰されたが、州首相の座を守り続けた。コッホ氏は2008年の州議会選挙で敗北したが、ライバル社会民主党(SPD)のイプシランティ党首(当時)の失策と同党の内紛が原因で、首相の座を明け渡さずに済んだ。

彼はまだ52歳であり、政治家としてまだ活躍できる年齢だ。CDU内部ではメルケル氏の後継者という見方もあっただけに、コッホ氏が政治の表舞台から退くことは、CDUを支持する保守派の有権者には悪いニュースである。ベルリンの政界では「なぜコッホ氏は今辞任を表明したのか」が謎とされている。彼は5月初めにCDUがノルトライン=ヴェストファーレン州の議会選挙で大敗したのを見て、自分が次のヘッセン州議会選挙で勝てる見込みはほとんどないと判断したのだろう。ギリシャ債務危機への対応の悪さも加わって、有権者のCDUへの不満は強まっているからだ。いずれにせよ今後CDU保守派の力が弱まることは間違いない。

CDUにはもう1人、去就が注目されているベテラン政治家がいる。財務大臣のヴォルフガング・ショイブレ氏(67歳)だ。彼は5月10日にブリュッセルで行われた債務危機に関するEUの緊急会議で倒れ、入院した。このためメルケル首相はデメジエール内務大臣をピンチヒッターとして派遣しなくてはならなかった。ショイブレ大臣はその直後にベルリンで開かれたユーロ救済に関する重要な会議にも出席できず、「ユーロの将来がかかっている火急の時に、財務大臣が会議に出られないというのは、いかがなものか」という声が政界で流れた。本人もブリュッセルの病院で「財務大臣をやめるべきかどうか、真剣に考えた」と語っている。ショイブレ氏はコール元首相の子飼いの部下で、最も有力な後継者と目されていたが1990年に暴漢に撃たれて半身不随となった。彼はハンディキャップを物ともせずに、政治家としてフルに活動してきたが、昨年あたりから体調を崩しがちだった。週末はおろか祝日も返上で仕事をしなければならない政治家は、世界で最もハードな仕事の1つである。メルケル首相にとっても、ショイブレ氏の健康は心配の種であるに違いない。

現在ドイツの大政党は、選挙ごとに違う党を選ぶ浮動票に振り回されている。冷戦終結とともに、イデオロギーで党を選ぶ時代は終わったからだ。「党が自分にどんな利益をもたらすか」を判断基準にする有権者が増えているのだ。こういう時代に、有権者の心をつかむことは政治家にとって容易ではない。CDUは、優秀な人材を見つけて世代交代をスムーズに行うことができるだろうか。

4 Juni 2010 Nr. 819

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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