ジャパンダイジェスト

輸出大国ドイツの未来は?

天然資源が少ないドイツは、日本と同じく貿易立国として有名である。その輸出額は、2003年から08年まで世界最高だった。しかしドイツは、09年に初めて中国に輸出額ナンバー1の地位を奪われた。ドイツ統計局によると、この国の09年の輸出額は、前年に比べて18.4%も減少している。

また、ドイツ機械製造・プラント製造企業連合会(VDMA)によると、09年の機械メーカーの売上高は前年に比べて23.1%も減少している。世界全体を襲ったグローバル不況のために、ドイツ企業の機械を輸入する大半の国で注文が激減したからである。このためドイツの09年の国内総生産(GDP)は、マイナス5%という戦後最悪の数字を記録した。これは、やはり輸出に依存している日本の09年のマイナス成長率6.1%(内閣府予測)に匹敵する数字だ。

輸出に大きく依存しているドイツの製造業界は、リーマン・ショック以降の世界同時不況に直撃されたのである。ドイツ経済の特徴は、314万社の企業の98%を占める中規模企業(ミッテルシュタント)が、高い技術力を生かして特殊な市場で大きなシェアを持っているということだ。

ダイムラーやシーメンスとは違って、消費者にほとんど名前を知られていないが、工作機械や特殊なネジ、部品などのニッチ市場で世界最大のシェアを占めている企業が、ドイツには沢山ある。これらの企業が製品を売る相手は、消費者ではなく企業である。ビジネス・トゥー・ビジネスの頭文字を取ってB to B取引と言われる。ドイツの多くの中規模企業は、ほかの企業には真似できない特殊な技術を持っているので、顧客と長期的で安定した取引を行うことができる。「余人をもって代え難い」メーカーなのである。これがドイツ経済の強さの秘密である。

だがドイツの輸出産業は、大きな問題を抱えている。高福祉国家ドイツでは、依然として社会保険料などによる労働コストが高い。このため、労働集約型の産業、携帯電話など大衆向けの業種、価格が勝負を決める分野では、中東欧やアジア諸国に比べて不利な立場に置かれている。携帯電話メーカーのノキアはドイツの工場を閉めて、ルーマニア、そして中国に新しい生産拠点を移した。家電メーカーのエレクトロルクスもドイツの工場を閉鎖して、中東欧で生産量を増やした。いずれもドイツにおける人件費の高さが原因である。

今後、ドイツ企業の多くは、高い人件費をカバーできる高付加価値型、知識集約型の産業に特化していく必要に迫られるだろう。つまり余人をもって代え難いために、価格競争に巻き込まれないような業種が、ドイツ企業には向いているのだ。

EUでは、ドイツが他国に比べて大幅な貿易黒字を抱えているのに対し、ギリシャやポルトガルのような国は輸出産業が弱いので、貿易赤字に苦しんでいる。この貿易不均衡が、ギリシャなどの債務危機の原因の1つになっているという意見もある。確かにドイツでは税金と社会保険料が高く、可処分所得が低いので国内需要が弱い。このため企業が輸出に依存せざるを得ないという事情もある。ドイツの経済界は、大きな岐路に立たされているのかもしれない。

25 Juni 2010 Nr. 822

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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