ジャパンダイジェスト

ドイツ徴兵制・事実上の廃止へ

9月10日夜、バイエルン州のトゥッツィングでグッテンベルク国防大臣の演説を聞いた。さすがに、ドイツで最も人気のある政治家だ。900人の聴衆で会場は満員。大臣は雄弁で、演説には若い力とユーモアが込められていた。ドイツには珍しい、カリスマ性を持つ政治家である。

演説の中で彼が特に力を入れたのは、連邦軍の改革である。グッテンベルク氏は、連邦軍の兵力を現在の19万5000人から20%減らして15万6000人にすること、そして兵役義務を事実上廃止することを提案している。彼は「この改革によって連邦軍は小さくなるが、質は改善され、作戦能力は向上する。国防能力も維持される」と力説した。

兵役の期間は60年代後半には18カ月、80年代後半には15カ月だったが、今年7月からは6カ月に短縮されている。グッテンベルク大臣は、「徴兵制を中断(aussetzen)する」という言葉を使っているが、実際には兵役義務を廃止して、連邦軍をフランスや英国と同じ志願制の職業軍にすることを目指している。

改革に踏み切る最大の理由は、90年代初めにソ連を盟主とする共産主義陣営が崩壊して東西間の「冷たい戦争」が終わったことだ。冷戦の時代には、ワルシャワ条約機構軍の西欧侵攻を食い止めるために、西ドイツはNATO(北大西洋条約機構)の最前線に位置する国として、徴兵制によって一定の戦力を維持する必要があった。宗教上の理由などで兵役を拒否する若者は、お年寄りの介護など社会福祉活動を行わなくてはならなかった。

だが冷戦終結によって、ドイツが外国の戦車部隊によって侵略される可能性はなくなったため、連邦軍の任務は大きく変化した。アフガニスタンでのタリバンとの戦いのように、連邦軍は国外でNATOや国連主導の軍事作戦に頻繁に参加するようになったのである。

しかもドイツ将兵への危険は、冷戦時代よりも大幅に高まった。連邦軍はアフガンで初めて激しい戦闘を体験し、すでに40人を超える死者を出している。前線の兵士たちからは、「中央アジアでの戦闘に適した装備や訓練が不足している」という不満の声が聞かれる。

そこでグッテンベルク大臣は、連邦軍を局地紛争に対応できる戦争のプロ集団に変えようとしているのだ。政府が財政難に苦しむ今日、国防省の予算も大幅に削られる方向にあるので、大臣は限られた予算を効率的に使おうとしているのである。

9月10日の演説会で、グッテンベルク大臣は上機嫌だった。その理由は、演説会の直前にミュンヘンでCSU(キリスト教社会同盟)のゼーホーファー党首と会談し、彼に徴兵制の事実上の廃止を受け入れさせることに成功したからである。それまでゼーホーファー氏は徴兵制維持を主張していたが、この会談以降はグッテンベルク氏の提案を支持する側に回った。メルケル首相もグッテンベルク大臣の提案に賛成している。与党を中心に反対論も残っているが、兵役義務の廃止は時代の流れだろう。

ドイツの若者、特に大学へ進むことを希望する青年の間では、兵役義務は不評だった。「義務だから仕方がないとはいえ、青春の一時期が無駄になる」と不満をこぼしていた若者を何人か知っている。脅威が大きく変化した今日、軍を根本的に変えることは必要だ。徴兵制が廃止されると、連邦軍は市民から遠い存在になる。この場合、政府は職業軍人たちが独走しないように、文民統制をこれまで以上に強化するべきだろう。連邦軍創設以来、最大の改革となるこのプロジェクトが成功すれば、グッテンベルク大臣の株はさらに上がるに違いない。

1 Oktober 2010 Nr. 836

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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