「ヴェスターヴェレ氏は外交についての専門知識が少なく、傲慢で、独自の考えを持っていない。攻撃的な態度を示すこともある。(優秀な外務大臣として知られた)ゲンシャー氏とは比較にならない」。「メルケル首相は、リスクを避けようとする傾向が強く、創造性に欠ける」。「キリスト教社会同盟(CSU)のゼーホーファー党首は、あてにならない人物だ」。
在ドイツ米国大使館のフィリップ・マーフィー大使やその前任者が、ドイツの政治家についてワシントンの国務省に打電した報告書の一部である。内部告発サイト「ウイキリークス」が11月末にインターネット上で公開した米国政府の25万部の公電は、世界中の政治家、外交官らに強い衝撃を与えた。
ドイツ政府は公電が暴露された後、「米国政府と緊密で友好的な協力関係を維持する」というコメントを出したが、これは文字通り「外交辞令」にすぎない。名指しされた政治家たちは、激怒しているだろう。犯人探しも始まっている。たとえばヴェスターヴェレ外相の側近が、昨年の連邦議会選挙後の連立交渉に関して、米国大使館に情報を流していたこともわかり、職を解かれた。
ドイツばかりでなく、中東諸国、中国、イタリア政府など多くの国が影響を受けた。米国の国務省が、国連の幹部職員の指紋やDNA、クレジットカード番号、コンピュータのパスワードなどの個人情報を収集するよう指示を出していたこともわかったが、これは事実上、国連に対するスパイ活動である。表に出してはならない文書を暴露された米国政府は面目丸つぶれだ。
今回の暴露が持つ影響は、甚大だ。米国政府は同時多発テロ以降、外交官や捜査機関の関係者が情報を共有できるように、SIPRNetというデータバンクを構築した。このシステムにアクセスできる公務員は30万人に上る。その内の誰かがデータバンクから25万部もの文書をダウンロードしてウイキリークスに渡したのだ。
ドイツなど同盟国の政治家や外交官は「秘匿すべき外交文書の内容がこんなにもあっさりとインターネット上に流出してしまうようでは、米国政府の関係者と機微(きび)に触れる話はできない」と考えるかもしれない。米国政府の情報収集活動はしばらくの間、これまでよりも難しくなるだろう。ヒラリー・クリントン国務長官は、外遊先から同盟国の首脳に電話をかけ、文書の流出について事実上謝罪したが、これは極めて異例なことである。米国政府はウイキリークスの主宰者ジュリアン・アサンジ氏を、「国家の敵ナンバーワン」と見ているに違いない。
ウイキリークスは今年7月にも米国のアフガニスタン戦争に関する報告書9万点を公開して注目された。アサンジ氏は、婦女暴行という文書暴露とは別の容疑で英国の警察に逮捕されたが、今後も安全保障に関する文書や金融機関の内部書類を次々に公開する方針を打ち出している。これらの秘密文書の大量暴露は、ジャーナリストによる調査報道の枠を超えるものである。新聞社や放送局の腕利き記者が、独自に取材しても、これだけ大量の文書を入手して公開することは難しい。ネット時代が生んだ「新メディア」である。
だが、ウイキリークスが公開する文書によって、市民の安全が脅かされたり、文書に名前が出ている情報提供者が生命の危険にさらされたりするとしたら、この情報暴露を手放しで歓迎することはできない。マスコミによるスクープの場合、一応デスクがそうした判断を行うが、ウイキリークスの場合は情報がノーチェックで垂れ流しになる危険が高い。ネット上に流出する情報は、本物か偽物かどうかの確認も容易ではない。したがってウイキリークスの情報を読む市民、そして文書流出について伝えるマスコミは、情報を鵜呑みにせず、ほかの媒体と比較して慎重な判断を下すことが必要になる。
17 Dezember 2010 Nr. 847