2010年度の「一番ひどい言葉」大賞にメルケル首相の「alternativlos(選択の余地がない)」が選ばれた。これは、昨年過大な借金によって破たんの危機に陥ったギリシャ政府への援助をめぐる議論の中で、首相が言ったもの。首相は「ギリシャを援助しなければ、ユーロの安定性が脅かされる。つまりギリシャ救済以外に道はない」と訴えたのである。政治家が、ほかに選択肢がないと公に主張するのは、政治の貧困だ。この発言が最もひどい言葉に選ばれたことは、国民がユーロ危機へのドイツ政府の対応に、いかに強い不満を抱いているかを表している。
しかも債務危機をめぐる欧州の情勢は、富裕国ドイツにとってさらに不都合なものになりつつある。1月17日にEU加盟国の財務大臣たちが、破たんの瀬戸際に追い込まれた国を救うための「欧州財政安定化基金(EFSF)」の融資額を引き上げる方針を打ち出したからだ。
EUの援助システムの総額は7500億ユーロ(約81兆円)だが、その中でEFSFは4400億ユーロの限度額を持つ最大の基金。しかし現在の制度では最高2500億ユーロまでしか融資できない。EUは、この融資額を引き上げるために、ドイツやオーストリアなど比較的財政状態が良い富裕国に対して、保証額(間接的な負担額)を増やすよう求める方針だ。EUはギリシャとアイルランドを襲った債務危機が、ポルトガルやスペインなどに飛び火することを恐れているのだ。実は昨年末から、欧州では「7500億ユーロでは、足りないのではないか」という声が出ている。たとえばベルギーの財務大臣は、限度額を現在の2倍、つまり1兆5000億ユーロ(約162兆円)に引き上げるべきだと主張していた。
多くのドイツ人は、EUの提案を聞いて強いショックを受けている。欧州最大の経済パワー・ドイツの負担が増えることは明白だ。ドイツ人がマルクを捨ててユーロを受け入れた時に、政治家たちが行なった約束はことごとく破られてきた。通貨同盟の創設時に法的基盤となったマーストリヒト条約は、「ある国が財政危機に陥った時に、他国が救済することを禁止する」と明記していた。だが昨年メルケル首相が決断したギリシャ救済は、この規定があっさりと破られたことを意味する。
「野放図な財政政策によって財政赤字や公的債務が一定の基準を超えた国には、厳しい制裁を加えるべきだ」というドイツの主張も、他国の反対で葬られた。規則を破っても処罰されず、豊かな国が救済してくれるのであれば、 貧しい国は真剣に財政赤字や公的債務を減らそうとするだろうか。
ドイツ人は、第1次世界大戦後の超インフレによって、通貨が価値を失うという恐ろしい経験を持っている。このため彼らは、通貨の安定性を極めて重視する民族だ。現在EUが取っている政策は、域内の規律を厳しくして、加盟国の債務を減らすことにはつながらない。むしろ救済資金の額を増やすことによって、マーケットを沈静化させることだけを狙っている。つまり病気の根源を取り除くのではなく、熱を下げるための対症療法にすぎない。だが南欧の国々の信用格付けが民間の格付け機関によって引き下げられれば、これらの国々の国債は暴落し、債務危機は再発する。ドイツ人の間では「いつまで他国の借金の面倒を見なくてはならないのか。欧州通貨同盟は、貧しい国を助けるための共同体なのか」という強い疑問の声が上がりつつある。一方、フランスやイタリアなどは、「豊かな国が貧しい国を助けるのは当然だ」と考えて、ドイツ人の懸念を無視している。ドイツ人の我慢が、永遠に続くという保証はない。2011年は欧州通貨同盟にとって、大きな曲がり角になるかもしれない。