クリスティアン・ヴルフ連邦大統領への批判が急激に高まっている。この原稿が紙面に載る頃には、ヴルフ氏はすでに大統領の座を退いているかもしれない。
きっかけとなったのは、ヴルフ氏がニーダーザクセン州の首相だった時に、知人の企業家エゴン・ゲルケンス氏の妻から受けた50万ユーロ(約5000万円)の融資。自宅を買うための個人的な融資だった。彼は2010年、同州の議会で野党議員から「ゲルケンス氏とビジネス上の取引があるか」と質問された際に、「ない」と答えていた。しかもこの融資についてヴルフ氏は、ゲルケンス氏自身とも交渉していた。つまり、彼は議会に対して虚偽の答弁をしたことになる。
そのほかにも、ニーダーザクセン州首相を務めていた時に、ある銀行から低利の融資を受けていたことや、州議会選挙の前に本を出版した時に、彼の本の広告を、ある実業家が私財を投じて新聞に掲載していたこともわかった。家族全員で米国に個人旅行をした際に、航空会社からエコノミークラスの座席をビジネスクラスに格上げしてもらったこともあるという。同州の法律によると、首相や大臣はいかなる形式の贈り物や現金、便宜供与を受けることも禁止されている。
だがヴルフ氏にとって最も痛打となったのは、彼に関する疑惑をスクープした「ビルト」紙に圧力を掛けて、取材や記事の掲載を止めさせようとしたことだ。
彼は同紙の編集長に抗議しようとしたが、電話がつながらなかったので、携帯電話にメッセージを残した。ヴルフ大統領はこの時、「私のプライベートな問題を新聞に載せるとは言語道断。これは戦争を仕掛けるようなものだ。刑法上の対抗措置も検討している。ビルトを所有しているアクセル・シュプリンガー社との関係を絶つかもしれない。私と妻は、あなたの新聞がルビコンを渡った(限界を越えた)と考えている」という脅迫めいた言葉を吐いた。さらに彼は、アクセル・シュプリンガー社のデップナー社長と経営者のシュプリンガー女史にも電話をして、記事の掲載を止めさせようとした。
ヴルフ氏は、後にビルト紙の編集長に電話で謝罪したので、同紙はこのメッセージについて記事を載せなかったが、フランクフルター・アルゲマイネ紙の日曜版にスクープされてしまった。ヴルフ氏はその後「報道の自由は、非常に重要だ」という声明を発表した。ヴルフ氏は過去に行なった演説の中でも、何度も「報道の自由」の重要性を指摘してきた。だが現役の大統領が新聞社の経営者に電話で圧力を掛け、自ら表現の自由を圧殺しようとしたのは、信じられない暴挙である。
彼の誤算は、州首相、大統領という地位とプライベートな生活の境界線をはっきりさせなかったこと。そして民主主義社会では、報道機関に圧力を掛けることがタブーであると理解していなかったことだ。
連邦大統領に政治的な権限はほとんどないが、国民にとって模範を示し、外国に対してはドイツを代表する存在である。今回の一連のスキャンダルは、ヴルフ氏が大統領としての適格性に乏しいことを明らかにした。彼がいかに弁解しても、国民の信頼が失われたことは、誰にも否定できない。
前任者のケーラー氏もそうだったが、最近は小粒な大統領が多い。日本だけでなくドイツの政界も、深刻な人材不足に悩んでいると言えそうだ。
13. Januar 2011 Nr. 901