ジャパンダイジェスト

ショイブレ内相 vs. ケーラー大統領

ショイブレ内相 vs. ケーラー大統領 ケーラー連邦大統領とショイブレ内相の間で、静かだが深刻な対立が起きている。きっかけは、ショイブレ内相がニュース雑誌とのインタビューの中で、ビン・ラディンのような凶悪なテロリストの居場所がわかった場合に、誘導ミサイルなどで殺害することが法的に許されるかどうかについて、憲法論議を行うべきだと発言したことだ。

ヨーロッパでは、ロンドンやマドリードのテロに見られるように、アルカイダによる無差別テロの危険が高まっている。ドイツもアフガニスタンに3000人の将兵を派遣しているので、イスラム原理主義者の攻撃目標となる恐れがある。ドイツ国籍を持った人物が、アルカイダのようなテロリストのグループに加わる可能性もある。ショイブレ内相は、そうした事態に備えて、ドイツ政府も法律的な議論を尽くすべきだと主張したのである。

これについてケーラー大統領はテレビ局とのインタビューの中で、「裁判所による判決もないのに、テロリストと目される人物を殺害することが許されるとは思わない」と述べ、間接的にショイブレ内相を批判したのだ。与野党からも、「ショイブレ氏は内相として不適任ではないか」という声が上がっている。

私の見解では、ショイブレ内相の発言は曲解されている。彼は「テロリストを殺すべきだ」と主張したわけではない。彼は超法規措置にも反対だと言っている。内相として「議論を避けずに、意見を戦わせるべきだ」と提案したにすぎない。

ドイツ人を含むテロリスト集団が多数の市民を無差別に殺害する、9.11事件並みのスケールのテロを計画していることが判明したと仮定しよう。危険が迫っており、裁判所の令状を取って逮捕する時間がない場合に、捜査当局が犯行を阻止するために容疑者を殺害することが、ドイツの法律で許されるのかどうか。ショイブレ内相はこのテーマについて、議論を行うべきだと提案したにすぎない。

この問題について、米国とイスラエルの答えははっきりしている。両国政府は、無差別テロを防ぐという大義名分のためには、ためらうことなくテロリスト容疑者を殺害する。彼らは対テロ戦争に関しては、超法規措置を当然のことと考えている。米国には「無差別テロを防ぐには、テロ容疑者を拷問することもやむを得ない」と主張する人々すらいる。ナチスの暴虐を経験したヨーロッパ人たちには、すんなりと受け入れられる主張ではない。パレスチナ自治区では、イスラエル軍がテロリストを殺害するために攻撃ヘリなどからミサイルを発射することによって、近くの建物にいた一般市民まで死亡するという、いたましい事件も起きている。

議会制民主主義を重んじる法治国家として、米国やイスラエルと一線を画するドイツで、同じような超法規措置が許されるのか?許されないとしたら、どのようにして無差別テロを防ぐのか?私は、市民の生死にも関わるこの問題を先延ばしにせずに、万 一の事態に備えて徹底的な議論を行う必要があると考えている。

10 August 2007 Nr. 675

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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