ジャパンダイジェスト

間一髪で防がれた同時多発テロ

間一髪で防がれた同時多発テロ危ないところだった。ドイツの捜査当局は、ロンドンやマドリードのような同時爆弾テロがもう少しで発生するのを、未然に防ぐことに成功したのである。しかしこの事件は、ドイツ国内でも英国やフランスと同じように、過激思想を持ったイスラム教徒のテロリストが生まれつつあることをはっきり示すものであり、多くの政治家、捜査幹部を震撼させた。

9月初めに逮捕された3人のうち、二人はドイツ人で、いずれもイスラム教徒に改宗していた。彼らはもう一人のトルコ人とともに、爆弾の材料になる水素溶液を730キログラムも買い付け、ノルトライン=ヴェストファーレン州の人目につかない貸家で、起爆装置を使って爆弾の組み立てを始めていた。

彼らは、パキスタンへ渡航して、過激組織「聖戦連合」のテロリスト養成所を訪れていた。さらに容疑者の一人は、ヘッセン州のハーナウにある米軍兵士の住宅を監視していたこともある。このため連邦検察庁と連邦刑事局は、このグループが9月に、ドイツにある米軍施設やフランクフルト空港などを標的として、同時爆弾テロを計画していたという疑いを強め、強制捜査に踏み切ったのである。捜査当局は爆弾の材料などを押収したものの、7人の容疑者を逮捕することができず、さらに行方を追っている。

捜査陣が無差別殺人を狙ったテロを未然に防いだことは、高く評価したい。捜査当局は米国政府の通報で、すでに昨年の秋には端緒をつかんでいたとされる。さらに、ノルトライン=ヴェストファーレン州のアジトに超小型ビデオやマイクを取り付けて、容疑者らの一挙一動をつかんでいただけでなく、爆弾が万一作られても、殺傷力を持たないようにするために、アジトに忍び込んで水素溶液を薄める工作まで行っていた。

今年に入って一部の捜査幹部たちが、「ドイツは、9・11事件直前の米国のような状況にある。いつテロがあっても不思議ではない」とインタビューで発言していたのは、このテロ計画のことを指していたのである。

だが、手ばなしで喜ぶことは禁物だ。ドイツ人がイスラム教徒になって、無差別テロをもくろんでいた事実は、やはり衝撃的である。ドイツでイスラム教徒に改宗したドイツ人の数は、2~10万人と推定される。昨年1年間で4000人がイスラム教徒になったという報道もある。彼らの中には、アラブ系のイスラム教徒に対して、自分の信仰が深いことを示すために欧米の価値を憎み、過激思想に染まる者もいるのだ。ドイツ人の教主(イマム)は、インターネットを通じて、ドイツ語で改宗を呼びかけている。格差が広がるドイツ社会で、キリスト教的な価値観に失望し、アルカイダの狂信主義に傾倒する若者が今 後増える可能性もある。

今後ドイツを初めとしたEU諸国は、ビン・ラディンの思想を引き継いだ目に見えないテロリストたちと、気が遠くなるほど長い戦いを強いられることになるだろう。

21 September 2007 Nr. 681

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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