シュレーダー前政権が2005年に導入した労働市場改革「ハルツIV」をめぐり、連立政権の1政党である社会民主党(SPD)で激しい議論が行われている。発端は、SPDのベック党首が「年配の失業者が生活に対する不安を持たなくて済むように、失業給付金の支払期間を延長するべきだ」と主張したことだ。これに対して、同じ党に属するミュンテフェリング労働相は、延長に真っ向から反対する姿勢を示している。
ハルツIVの下では、失業給付金は2種類に区別される。「第1種・失業給付金(ALG・I)」は、失業保険制度に基づく援助で、給付期間は失業者が働いていた期間と年齢によって決まる。例えば、失業する前に36カ月働いていた55歳以上の市民は、第1種・失業給付金を最高18カ月受け取ることができる。この期間に仕事を見つけることができない場合には、額が大幅に低い「第2種・失業給付金(ALG・II)」に切り替わる。原則としてその額は毎月345ユーロ(5万6000円※)で、生活保護と同じ水準の、きわめて低い金額だ。05年に第2種・失業給付金を受けた市民は489万人。このうち220万人が失業者で、残りはそれまで生活保護を受けていた人々である。
ハルツIVが導入された目的は、失業保険からの給付金だけで生活し、就職しようとしない失業者を減らすこと。この制度が実施されるまでは、賃金が安い仕事に就くよりも、失業保険からの給付金のほうが手取り所得が多くなることがあった。シュレーダー前首相は、失業者への国の援助を大幅にカットすることによって、「仕事に就け」と人々の背中を押したのである。財界と太いパイプを持っていたシュレーダー氏は、企業経営者の要求を受け入れて、高福祉国家ドイツの社会保障を減らす方向に舵を切ったのだ。
だが、特に旧東ドイツでは、55歳以上の夫婦が二人とも失業して、失業給付金の毎月690ユーロと労働局からのわずかな援助だけで、苦しい生活を強いられている例が報告されている。またミュンヘンで16年前から失業しているある女性も、二人の子どもにお腹いっぱい食事をさせられるのは給付金が出る日だけで、空腹をしのぐため、他の失業者とともに教会などが行う炊き出しの列に並ぶと言う。ハルツIVは、中産階級を減らし、富む者と貧しい者の格差を拡げているのである。
ドイツでは現在、失業者の数が急速に減りつつあり、統一以来、最低の水準に達している。しかしその主な原因は、ハルツIVではなく、景気回復によって企業が採用を増やしていることにある。
ベック党首は、グローバル化社会の敗者たちを放置していたら、SPD支持者が左派政党に流れることを危惧しているのだろう。ドイツ経済の競争力を伸ばす方向に進むのか、それとも社会的公正を重視して、シュレーダー路線にメスを入れるのか。SPDは、党の根本原則にかかわるような、難しい選択を迫られている。
※1ユーロ=163円換算
19 Oktober 2007 Nr. 685