メルケル政権にとって最も重要な課題である健康保険制度の改革が、最初の大きなハードルを超えた。2月2日に改革法案が連邦議会を通過したのだ。
政府は制度の抜本的な変更によって、社会の高齢化に伴って増加する医療費に歯止めをかけることを狙っている。具体的には、公的健保を運営している疾病公庫(Krankenkasse)が、保険料に差をつけて、市民が公庫を選べるようにする。改革法案に「疾病公庫の競争を促す法律」という名前がつけられているのは、そのためである。効率的に運営されない疾病公庫は、競争に負けて淘汰されるかもしれない。
政府は、今年だけで公的健保の支出を12億ユーロ、 来年以降は毎年15億ユーロずつ減らすことを狙っている。
2009年には、政府が公的健保の全ての加入者に等しい保険料率を設定する。市民はこれまでと違って保険料を疾病公庫ではなく、新しく創設される「健康基金」に支払う。疾病公庫は、資金をこの健康基金から受け取る。改革のもう一つの特徴は、公的健保の収入の内、税金でまかなわれる部分が増大するということだ。政府は2015年までに、最高140億ユーロもの公的資金を健康基金につぎこむ。税金で健保をまかなう理由は、保険料の高騰を防ぐためである。
さて、連邦議会での法案可決を喜んだのは与党だけ。野党、経済団体、労働組合、疾病公庫、医師会、薬局などは、この改革案を批判している。まず公的健保の仕組みが健康基金の新設によって従来よりも複雑になり、関連コストが増える危険がある。公的健保加入者の負担は、現在よりも増えるものと予想されている。
さらに、医師の診療報酬も09年から大幅に改定され、基本的には現在の点数制から金額制に切り替わる。医療支出削減によって、医師の収入は現在よりも減る可能性が強い。医師の国外流出がさらに進む恐れもある。経営者団体は公的健保の保険料が完全に所得から切り離されて労働コストの高騰に歯止めがかかることを希望していたが、これは実現しなかった。この改革が人件費の削減につながるかどうかは、未知数である。
改革で最も泣くのは、民間健保の加入者と、民間健康保険を売っている保険会社。格差社会になりつつあるドイツでは、無保険者の数が40万人に達する。こうした人々が健康保険に入ることができるように、 政府は保険会社に対して、公的健保と同じ補償内容を持つ割安の「基本タリフ」の保険を設立し、無保険者が希望したら加入させることを義務づける。国民皆保険の状態を実現するためだ。だが民間保険会社は、「基本タリフ」の財源を作るために、現在民間健保に入っている人の保険料を、将来大幅に引き上げると予想されている。読者の皆様もご存知のように、一度公的健保から民間健保に乗り換えると、失業でもしない限りは公的健保に戻ることはできない。民間健保の加入者は、09年の最初の半年に限って、基本タリフに乗り換えることを許される。これによって、現在医師たちの重要な収入源である正式な民間健保の加入者が減り、医師の減収傾向に拍車をか けるかもしれない。
メルケル政権は、公的健保制度の崩壊を防ぎ、同時に社会保障コストの高騰に歯止めをかけるという難事業に成功するだろうか。改革の結果が大いに注目される。
16 Februar 2007 Nr. 650