ジャパンダイジェスト

バーシェル元州首相は殺されたのか?

バーシェル元州首相は殺されたのか?1987年10月11日、ジュネーブの高級ホテルの浴槽で、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州元首相が死んでいるのが見つかった。ドイツの政治史の中で最も謎に満ちた事件である。検察庁は、公式には「自殺」という結論を下したが、遺族や一部の検察官は他殺と信じて疑わない。

事件からちょうど20年目にあたる今年、検察当局が現場で見つかった様々な証拠物件を初めてマ スコミに公開したことから、怪死事件をめぐる議論が再燃している。

キリスト教民主同盟(CDU)のウーヴェ・バーシェル氏は当時、「州首相選挙の対立候補の評判をおとしめるための不法な工作を行っていた」という疑惑に問われて、辞任。あらゆることをメモする癖があったバーシェルは、「ジュネーブである人物と会い、自分の身の潔白を明らかにする証拠を受け取る」と走り書きをしていた。だが、バーシェルが ジュネーブで誰と会ったのかは解明されていない。

検察当局が公表した証拠物件は、バーシェルの死に不審な点があることを示している。たとえば、バーシェルが死んでいた浴槽前の足拭き用のマットは、茶色い色素でひどく汚れており、バーシェル以外の人物の靴の痕が残っていた。さらに、バーシェルはネクタイを締めたまま死んでいたが、彼のワイシャツの上から2番目のボタンが、ちぎれていたことがわかった。一部の検察官は、「バーシェルが苦しみのあまり胸をかきむしったためではなく、何者かが胸ぐらをつかんだ際にボタンがちぎれたと考えた方が自然」と見ている。部屋の中には、元首相の靴が散乱しており、ワイングラスが割れていた。

一部の法医学者や検察官は、「少なくとも二人の人間がバーシェルに強い薬を飲ませて気を失わせた後、劇薬である筋肉弛緩剤を無理やり飲ませて殺害した。その上で水を張った浴槽に被害者を沈めて、自殺に見せかける工作を行った」と推理している。

部屋のゴミ箱にはミニバーのウイスキーの小瓶が捨ててあったが、この瓶からは強い麻酔剤の痕跡が見つかっている。バーシェルは精神的に不安定で、睡眠薬などを常用していたことがわかっている。

しかし、麻酔剤や被害者の体内から見つかった筋肉弛緩剤を入れていた箱や包み紙が現場で見つからなかったことはおかしい。バーシェルがルームサービスで注文した赤ワインの瓶が部屋からなくなっていることも不自然である。自殺しようとする者が、薬の包み紙やワインの瓶を隠すだろうか?これらの事実は、他殺説が消えない理由の一つとなっている。

私はNHK神戸支局で事件記者として働いていた時に、江崎グリコの社長が誘拐され、食品企業が次々に脅迫されたグリコ森永事件、朝日新聞・阪神支局の記者が散弾銃で殺害された事件など、迷宮入りとなった事件をいくつか取材した。その時の経験からわかるのだが、捜査当局が証拠物件を公開するのは、もはや事件解明の見通しが立たなくなったことを示している。バーシェル怪死の真相も闇の中に葬られる可能性が強い。

26 Oktober 2007 Nr. 686

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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