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2013年のドイツを展望する「ユーロ連邦」の初夢

夜空を彩る恒例の花火とともに、ドイツの新年が明けた。この瞬間、ドイツの空は花火の煙で覆われる。この硝煙はあっという間に夜空に拡散して消えていくが、ドイツそして欧州を覆っている不況の黒雲は、残念ながらすぐには晴れそうにない。多くの経済学者たちが、2013年のドイツもユーロ危機の影響から容易に抜け出せないという見方を取っている。

鈍化する成長率

キールの世界経済研究所など4つの主要経済研究所は、2012年10月に発表した秋季経済見通しの中で、2013年のドイツの予測成長率を2%から1%に引き下げた。経済学者たちはその理由を「ユーロ危機に対する懸念から、多くの企業が投資をためらうため」と説明している。EU経済の機関車役ドイツの景気にも、黄信号が灯ったのだ。

国際通貨基金(IMF)も、昨年秋の世界経済見通し(WEO)の中で悲観的な見通しを発表している。IMFはWEOの中で「2012年にスペインとイタリアの国債の利回りが一時上昇したことで、ユーロ危機の深刻さが増した」として、2013年のユーロ圏の成長率を0.7%から0.2%に修正した。事実上のゼロ成長である。

ユーロ危機で高まる「不確実性」

債務危機のために欧州にのしかかる不確実性の黒雲は、世界経済全体の足を引っ張っている。IMFは、2013年の世界経済の成長率を2012年7月に発表した予測値よりも0.3ポイント低い3.6%に引き下げた。

IMFは、その最大の原因がユーロ圏の先行きに関する「不確実性(uncertainty)」にあると指摘する。IMFは、今後ドイツが加盟しているユーロ圏の成長率が中国やベトナムなどアジアの新興国に大きく水を開けられるだろうと予測している。

2013年のヨーロッパ情勢の焦点は、2009年末から続いているユーロ危機の深刻化に、欧州諸国が歯止めを掛けられるかどうかである。


ユーロ圏とアジア新興国27カ国のGDP成長率比較

  ユーロ圏 新興アジア諸国
(27カ国)
2010年 2.0% 9.5%
2011年 1.4% 7.8%
2012年 -0.4% 6.7%
2013年 0.2% 7.2%
2014年 1.2% 7.5%
2015年 1.5% 7.6%
2016年 1.7% 7.7%
2017年 1.7% 7.7%

(資料:IMF、WEO、2012年10月発表)

欧州にも「失われた十年?」

IMFは、「南欧諸国が経済改革や緊縮策の実施に失敗した場合、不況が長引いて、欧州が日本が経験したような『失われた10年』に突入する危険がある」と指摘している。そうした事態を防ぐために、ユーロ・グループは様々な手立てを講じている。

たとえばユーロ圏加盟国は昨年10月の首脳会議で、欧州中央銀行(ECB)にユーロ圏内の主要銀行を監視する「ユーロ圏銀行監督庁」の機能を与えることで合意した。これまで国ごとにバラバラに行われていた銀行への規制を統合することによって、スペインで発生したような銀行危機を防ぐための態勢を整える。ユーロ圏銀行監督庁の設立は、欧州金融安定化メカニズム(ESM)が域内の銀行に直接資本注入をするための前提。この監督機関が始動すれば、銀行危機に苦しむスペインはESMの潤沢な資金を受けることができるようになる。

政治同盟を強化せよ!

欧州委員会やECBは、今のユーロ圏に欠けている「政治同盟」を大幅に進化させることによって、債務危機の再発を防ごうとしている。具体的には、各国政府の予算案を議会で可決する前に欧州委員会に提出させて、ある国が法外な歳出や借金を計画している場合には、欧州委員会は予算案を突き返して、やり直しを求めることができるようにする。そのためには、現在のEUの法的基盤であるリスボン条約の改正が必要になる。

ドイツ政府は、欧州委員会に「通貨問題担当委員」という新しいポストを作り、各国の予算作成プロセスに介入する権利を与えることや、ユーロ圏加盟国の予算を統合した「ユーロ圏予算案」を導入することを提案している。つまり、ユーロ圏がますます「連邦」のような性格を強めていくのだ。

ドイツのヘルムート・コール元首相は1991年11月6日に連邦議会で行なった演説で、「政治同盟を欠いた通貨同盟は、機能しない」と断言している。しかしユーロ圏加盟国は、20年間にわたりそうした努力を怠ってきた。その結果、ギリシャやポルトガルが経済競争力の弱さを、国債市場での多額の借金によって補てんするのを見過ごしてしまった。つまりドイツをはじめとするユーロ圏加盟国は、政治的な団結をこれまで以上に強化し、「連邦化」の方向へ進むことによって、ユーロ危機の再発を防ごうとしているのだ。

「ユーロ連邦」は正夢になるか?

もしも政治同盟の強化が成功した場合、ドイツやフランスのようにユーロ圏に属している国々と、英国のようにユーロを持っていない国との間には、大きな亀裂が生じることになるだろう。EUの分裂を懸念する声も出ているが、ドイツなど欧州大陸の国々が統合強化へ邁進することは、ほぼ確実だろう。この作業に成功した場合、ユーロ圏は1つの国のような存在になり、ドイツやフランスは、連邦を構成する「県」のような姿を取るのかもしれない。

昨年、EUがノーベル平和賞を授与されることが決まり、世界中の人々を驚かせた。わずか68年前にはフランスとドイツが血で血を洗う戦いを続けていたことを考えると、これらの国々が主権を国際機関にどんどん譲渡して、ナショナリズムを減らす道を進んでいるのは喜ばしいことだ。特に、島の領有権をめぐり、韓国や中国と対立している日本から来ている私にとって、欧州の人たちが国粋主義、民族主義を年々減らしているのは羨ましく思える。

ただし、将来EUがどのような形になるのかについては、まだ結論が出ていない。一種の「星雲状態」である。今後、ドイツではEUの未来について、激しい論争が繰り広げられるだろう。その意味で、現在、欧州に住む我々は、極めて興味深い「実験」を目撃しているのだ。2013年は、「ユーロ連邦」の初夢が正夢になるかどうかを占う上で、重要な年になるに違いない。

筆者より読者の皆様へ
新年明けましておめでとうございます。今年も頑張って書きますので、よろしくお願い申し上げます。

4 Januar 2013 Nr.945

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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