ジャパンダイジェスト

メルケル、マクロンが見せたEU改革の温度差

4月19日に仏マクロン大統領が、ベルリンでメルケル首相と会談した。この会談はEU、特にユーロ圏の改革を推進しようとするマクロン氏と、国内情勢に配慮してフランスの要請にブレーキをかけようとするメルケル氏の姿勢の違いをはっきりと浮かび上がらせた。

ユーロ圏改革を重視するマクロン氏

「欧州にナショナリズムが復活しつつある」と主張するマクロン氏は、EUを強化することが国粋主義を抑える上で極めて重要だと考えている。このため、彼は去年9月26日にパリのソルボンヌ大学で長時間にわたる演説を行い、デジタル化の推進など21世紀にEUの競争力を強化するための、さまざまなビジョンや施策を打ち出した。彼はドイツと協力して、EU改革を推進しようと考えていた。

ところが去年9月にドイツで行われた連邦議会選挙では、反EU政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が躍進し、伝統的な政党が後退した。このため第4次メルケル政権が成立するまでに約6カ月もかかってしまった。つまりマクロン氏はこの間ドイツ側から自分の「ソルボンヌ提案」に対する正式な回答を得ることができず、貴重な時間が空費されたのだ。本来マクロン氏は、今年6月までにドイツ政府とEU改革案について合意し、同月に開かれるEU首脳会議に提出することを望んでいた。しかしメルケル政権の誕生の遅れにより、残された時間は極めて少なくなっている。

ターフェルの食糧配給を待つ人々
4月19日ベルリンにて、メルケル首相(左)と会談した、フランスのマクロン大統領

独仏間で大きな温度差

マクロン氏にとっての大きな試練は、ユーロ圏の改革に関するドイツ政府との意見の相違だ。彼は2009年のギリシャ危機のような緊急事態に対するユーロ圏の抵抗力を強化することを目指している。そのために、ユーロ圏財務大臣という新たな役職を創設し、独自の予算権を与える。またユーロ圏に「銀行同盟」を創設して、金融機関の経営難により迅速に対応できる態勢を整えるほか、欧州共通の預金保護制度を導入して、市民の預金の安全性をこれまで以上に高める。また現在ユーロ圏には、過重債務に陥った国に緊急融資を行う欧州安定化メカニズム(ESM)という機関があるが、マクロン氏はESMを、国際通貨基金(IMF)の欧州版・欧州通貨基金(EMF)に発展させることを提案。

マクロン氏は、「イタリアやギリシャなど南欧諸国に緊縮財政や構造改革を強制するだけではなく、南欧諸国の経済成長を促すように、ユーロ圏の財政大臣が機動的に、独自の財政出動をできるようなシステムを整えるべきだ」と考えているのだ。だがベルリンでの会談で、メルケル氏は慎重な姿勢を打ち出した。彼女は、EU改革の重点として、まずEU域内共通の亡命申請システムとEU共通の外交政策を挙げ、ユーロ圏改革の順位を3番目にした。この発言からメルケル氏がマクロン氏ほどは、欧州通貨同盟の改革に高い優先順位を与えていないことが浮き彫りになった。

メルケル首相が、ユーロ圏改革に慎重である理由は、国内でマクロン氏の提案に対する反対意見が強まっていることだ。大連立政権に参加している姉妹政党キリスト教社会同盟(CSU)だけでなく、メルケル氏が党首を務めるキリスト教民主同盟(CDU)でも、「ユーロ圏財務大臣に独自の予算権を与えたり、EMFを創設したりすると、ドイツ連邦議会の承認なしに、我が国の納税者の血税が、南欧諸国の救済などに使われる危険が高まる」という意見が強まっている。つまりドイツの保守派は、ユーロ圏財務大臣やEMFが、加盟国の議会を素通りして、南欧諸国などに金融支援を行うことに警戒感を強めているのだ。EUで最大の経済パワーであるドイツは、将来の債務危機での負担が増えることを懸念しているのだ。

独連邦議会で反EU勢力が拡大

さらに、マクロン氏が提唱している「ユーロ圏共通の預金保護制度」についても、「イタリアの銀行が破綻した時に、イタリア市民の預金を保護するために、ドイツの預金者の負担が増えることにならないか」という懸念が出されている。メルケル氏の慎重な態度には、ユーロ圏からのドイツの脱退を求めているAfDが、第3党として連邦議会に100人近い議員団を送り込み、政府の態度に目を光らせているからだ。去年議会に復帰した自由民主党(FDP)も、ユーロ圏改革が連邦議会の権限を弱めることに反対している。つまり去年起きたドイツ中央政界の地殻変動が、メルケル氏の態度に大きな影を落としているのだ。メルケル氏は、「南欧諸国に気前良く財政出動を行うのではなく、まず南欧諸国が財政の健全化や、競争力を高めるための構造改革などの自助努力を行うことが先決だ」と主張。

独仏は意見の違いをどう克服するのか

マクロン氏はドイツ側に「今EUは、深刻な危機を乗り越えられるかどうかの瀬戸際にある。我々は未曽有の冒険を経験しつつある」と、迅速な対応を迫った。彼はメルケル首相がユーロ圏改革を最重要課題と位置付けなかったことについて、落胆したに違いない。メルケル氏は、「ドイツとフランスの議論の初めに、意見の相違があるのは当然なことだ。我々は率直な議論と、最後には譲り合いの姿勢を持つべきだ」と述べた。

今後ドイツとフランスの間では、EUとユーロ圏の針路をめぐって、激しい議論が展開されるに違いない。EUの主軸である独仏は、ポピュリズムの台頭に歯止めをかけ、中東欧諸国で強まる遠心力を抑えることができるだろうか。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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