ジャパンダイジェスト

マリア・テレジア生誕300周年 ハプスブルク家が生み出した女帝の足跡を追う

マリア・テレジア

300 Jahre
Maria Theresia

マリア・テレジアは、どのような人物だったのだろうか? 面白いことに、ドイツ人に彼女のイメージを聞いてみると「ああ、フリードリヒ大王の遊び仲間(Spielkameradin)ね!」と即答。ドイツ人からすれば、「マリア・テレジアとの戦争は大王のお遊びよ」、つまり「楽勝」ということらしい。女帝と呼ばれたマリア・テレジアの生誕300周年を迎える今年、彼女の足跡をたどる旅に出てみよう。(本文:シュミット麻依)

「私は最期の日に至るまで、
誰よりも慈悲深い女王であり、
必ず正義を守る国母でありたい」

650年もの栄華を誇った名門ハプスブルク家には、どの時代にも個性的で有能な当主がいた。その数ある名君の中でもひときわ有名なのがマリア・テレジアである。史上唯一の女帝の誕生、それはオーストリア存亡の危機をまねくほどの苦難の道のりだった。

ヨーロッパで覇権争いが激しかった18世紀。スペイン・ハプスブルク家の世継ぎが絶え、1701~13年にはヨーロッパの大国間でスペインの王位継承をめぐる戦争が発生していた。時を同じくして、オーストリア・ハプスブルク家でもマリア・テレジアの父であるカール六世に男子の跡継ぎがいなかった。そこでカール六世は「国事詔書」を発布。諸国にハプスブルク家の跡継ぎは娘のマリア・テレジアだと強引に認めさせる。ところがカール六世がこの世を去ると周辺諸国はすぐさま手のひらを返すように攻め込み、オーストリア継承戦争(1740〜48年)に発展。孤立したオーストリアを救ったのが、赤子を連れた24歳のマリア・テレジアであった。ハンガリーへの必死の応援要請が奏功し、プロイセンにシュレジェンを割譲することにはなったが、それ以外の土地と王位を守った。

その後も、彼女の政治力、賢明な行動のおかげでオーストリアは弱肉強食の時代を乗り越える。税制、行政の改革、義務教育制度を確立するなど近代化を進め、軍事力の強化、知識・知性の豊かな国民の増加など、国を内側から鍛えた。女帝と呼ばれることが多いが、正式にはオーストリア女大公、ハンガリー女王、ボヘミア女王であり、女皇帝であったことはない。当時、神聖ローマ帝国の皇帝の座はハプスブルク家の世襲のようになっていたが、さすがに皇帝の位まで受け継ぐことはできず、帝位は彼女の夫が受け継いだ。

マリア・テレジアは1736年に結婚し、子どもを16人授かった。

マリア・テレジアの家族

マリア・テレジアの家族

女帝が愛したのは、意外と頼りになった温厚で天才肌の夫
フランツ・シュテファン・フォン・ロートリンゲン

夫は、政治も戦争も妻に任せて趣味に走っていたダメ男、というイメージがあるが、実際にはそうでもない。財政管理に長けており、マリア・テレジアがお金に苦労せずヨーロッパ列強を相手にハプスブルク家の領土を守り抜けたのも、夫のお蔭である。神聖ローマ帝国の皇帝として、彼も最初のうちは政治や戦争に真面目に取り組んでいた。ただし、不向きであったことも事実のようで、次第に関与しなくなった。代わりに植物や動物の観察に勤しむようになる。これは趣味というより研究に近く、ウィーン郊外のシェーンブルン宮殿の庭に植物園や動物園まで造っている。  

マリア・テレジアは政略結婚のため、後に宿敵となるプロイセンのフリードリヒ二世(大王)との結婚も考えられていた。しかしハプスブルク家とつながりの深いロレーヌ公国との絆を深めるため、ロレーヌ公の嫡子レオポール・クレマンとの結婚が有力となった。ところがそのクレマンが病死したため、弟のフランツ・シュテファンが候補となる。彼はウィーンに留学していたことがあり、マリア・テレジアは子どものころからフランツ・シュテファンに憧れていた。父カール六世も彼を気に入っていたので話は進み、二人は結婚することになった。この当時としては異例の恋愛結婚だった。

「戦は他国にさせておけ、幸いなるオーストリアよ、汝は結婚せよ」
16人の子どもたち

ハプスブルク家の結婚政策を踏襲し、5人の男子、11人の女子の子宝に恵まれる。成人したのはそのうち10人で、四番目に生まれたのが待望の長男、ヨーゼフ二世。モーツアルトを宮廷で雇っていたことでも知られ、父フランツ・シュテファンが死去してからは神聖ローマ皇帝となり、マリア・テレジアと共同で国を統治した。

4女クリスティーナは健康で、マリア・テレジアはことのほかかわいがった。その後に生まれた娘たちが政略結婚を強いられたのに対し、クリスティーナだけは恋愛結婚が認められた。相手はザクセン選帝侯アウグスト三世の息子アルベルト・カシミール公子。6男で財産もなく、政治的には何も業績を残さなかったが、芸術に対する造詣は深く、アルベルティーナ美術館は彼の美術コレクションが元になっている。

そして最も有名なのは末娘、マリア・アントニア(マリー・アントワネット)。実は、ルイ16世の花嫁候補は、彼女より3歳年上の姉でおとなしいマリア・カロリーナだった。ところがナポリ王に嫁ぐことになっていた姉マリア・ヨゼファが病死したため、急きょカロリーナがナポリ王のもとに輿入れし、アントニアがルイ16世へと嫁ぐことになったのだ。

マリア・テレジア ゆかりの地

華麗なウィーン風ロココ様式
シェーンブルン宮殿

シェーンブルン宮殿

マリア・テレジアゆかりの城というならウィーン郊外のシェーンブルン宮殿であろう。歴代ハプスブルク家当主の夏の離宮。シェーンブルン Schönbrunnとは「美しい泉」という意味で、17世紀初頭にハプスブルク家のマティアス大公が狩りに来て美しい泉を発見したことに因んでいる。17世紀後半のレオポルト一世の時代、ここに大規模な宮殿を建設する計画が持ち上がり、それは次のヨーゼフ一世、カール六世を経てマリア・テレジア統治時代の18世紀半ばに完成した。広大な敷地にはフランス庭園、生垣の散歩道、馬車の並木道、ミニ迷路、動物園、植物園、温室、宮殿劇場、帝国馬車博物館などがある。

マリア・テレジアはこの城を大いに気に入り、ウィーンにいる時は子どもたちとシェーンブルン宮殿で過ごした。日当たりの良い部屋で彼女は子どもたちと絵を描いたり刺繍をしたり、母親ぶりを存分に発揮した。宮殿を最後に使っていたのはフランツ・ヨーゼフ皇帝夫妻である。そのため内部にはフランツ・ヨーゼフ皇帝の執務室や寝室、エリーザベト皇妃の化粧室などがそのまま保存されているが、マリア・テレジアとその子どもたちに関する部屋や肖像画も多く見ることができる。

ベルサイユ宮殿の鏡の間を思わせる「大ギャラリー」はマリア・テレジアをはじめ、歴代の大公や皇帝たちが多くの客を迎えた宴会の間である。大きなシャンデリアは今では電気だが、当時は70本のロウソクが使われていた。マリア・テレジアは宴会を早く終わらせたいときには短いロウソクを使ったという。

宮殿の庭、正面の丘の上にギリシャ風の建物が見える。グロリエッテと呼ばれている回廊風の建物で、マリア・テレジアはここで朝食をとるのが好きだった。現在はカフェになっており、ここからはシェーンブルン宮殿全体はもちろんのこと、晴れていればウィーンの旧市街まで望むことができる。

2017年特別企画:マリア・テレジア・ツアー
Maria Theresia Tour im Schloß Schönbrun

3月15日(水)〜11月29日(水)
土日:10:30(英語)、14:30(ドイツ語)15.80ユーロ
要予約: このメールアドレスは、スパムロボットから保護されています。アドレスを確認するにはJavaScriptを有効にしてください
Schloss Schönbrunn
Schönbrunner Schlossstraße, 1130 Wien
www.schoenbrunn.at

複雑につなぎ合わされた城
ホーフブルク(王宮)

ホーフブルク

旧市街の内側にあるホーフブルクは最初の城が建てられてから何度も改築や増築が繰り返され、複雑につなぎ合わされた巨大な建物である。そこには教会、礼拝堂、図書館、スペイン乗馬学校、皇帝の居室、宝物館、博物館などがあり、一部を除いて公開されている。カイザーアパートメントの1階にある銀器コレクション「Silberkammer」には、歴代ハプスブルク家の当主たちが使っていた銀食器、陶磁器、テーブル飾り、銀のカトラリー、磁器コレクションなど見事な品々が展示されている。花が描かれたグリーンの磁器セットはフランスのルイ十五世からマリア・テレジアに贈られたもの。フランスとオーストリアの友好関係の始まりを物語っている。礼拝堂のある建物には宝物館「Schatzkammer」があり、ここを訪れるとオーストリア皇帝の冠や神聖ローマ皇帝の冠など、非常に価値の高い、まさに宝物をたくさん見ることができる。

Hofburg 
Michaelerkuppel, 1010 Wien 
www.hofburg-wien.at

ハプスブルク家が誇る女君主をたたえる
マリア・テレジア広場

マリア・テレジア広場

それまでハプスブルク家の大臣たちは名門出身者に限られていたが、マリア・テレジアは身分に関係なく有能な人物を側近に置いて彼らの意見を参考にした。また彼女は、ときに下手に出ることも心得ていた。1740年から始まったオーストリア継承戦争で戦力不足に苦しんだマリア・テレジアは、ハンガリーのポジョニ(現ブラチスラバ)に赴く。彼女は、まだ赤ん坊だったヨーゼフ二世を抱いて国会に現れ、ハンガリー貴族たちに頭を下げて支援を求めた。心動かされたハンガリー貴族たちは「我らが血と命を捧げん!」と叫んでマリア・テレジアへの協力を約束する。非常に優れた騎馬軍団を持っていたハンガリーはハプスブルク家のために戦って勝利をおさめ、マリア・テレジアは窮地を逃れた。ウィーン美術史美術館とウィーン自然史博物館の間にあるマリア・テレジア広場には、巨大なマリア・テレジアの銅像があり、台座には女大公を支えた重臣のハウクヴィッツやカウニッツたちの騎馬像がある。

Maria-Theresien-Platz, 1010 Wien

夫婦むつまじく眠る
カプツィーナ納骨堂

カプツィーナ納骨堂

マリア・テレジアよりも9歳年上だったフランツ・シュテファンは1765年、57歳のときに旅先のインスブルックで突然、息を引き取った。温厚な性格で誰からも好かれていたフランツ・シュテファンの急な死を、国民は皆悲しんだが、夫を愛していたマリア・テレジアの悲しみは誰よりも深く、生涯喪服を脱ぐことはなかった。神聖ローマ皇帝の位は長男のヨーゼフ二世が受け継ぎ、マリア・テレジアとの二重統治が始まる。15年間の親子統治が続いた後、マリア・テレジアは1780年11月に高熱を出し、63歳でこの世を去った。マリア・テレジアは生前、自分の遺体はフランツ・シュテファンと同じ棺に入れて欲しいと頼でいた。その遺言通り、歴代ハプスブルク家の墓所であるカプツィーナ納骨堂で今日、二人は仲良く大きな棺の中で眠っている。もちろん、このようなダブルベッドならぬダブル棺は、この一基だけである。

10:00 - 18:00(木9:00~)
5.50ユーロ
Kapuzinergruft
Tegetthoffstraße 2, 1010 Wien
www.kaisergruft.at

マリア・テレジア生誕300周年!
オーストリア各地の記念イベント

マリア・テレジア生誕300周年!オーストリア各地の記念イベント

戦略家-母親-改革者 
Strategin – Mutter – Reformerin

ウィーンとニーダーエスターライヒ州の4つの展覧会場にて開催される生誕300周年のメイン・エキシビジョン。ハプスブルク王朝で最も著名な当主の一人として、神話化するほどの人気を誇るマリア・テレジアを、生活、家族、政治活動、彼女の死後の世界など多方面から見ていく。

2017年3月15日(水)~11月29日(水)まで
4展覧会場共通チケット(Maria Theresia Kombiticket)29ユーロ
www.mariatheresia2017.at

4つのメイン・エキシビジョン

家族と遺産
Familie und Vermächtnis

Familie und Vermächtnis

現在約6500点におよぶユニークなコレクションが展示されている宮廷家具博物館では、マリア・テレジアに関する文学や音楽、彫刻を含む多くの重要な文化財が多く展示される。マリア・テレジアが「オーストリアのアイデンティティー」に重要な役割を果たしていることが分かる。ハンガリー演説(1741年)やボヘミアン戴冠式(1743年)など、マリア・テレジアが駆使した「イメージ政治」も、展覧会の重要なテーマである。

10:00〜18:00
9.50ユーロ
Hofmobiliendepot • Möbel Museum Wien
Andreasgasse 7, 1070 Wien
www.hofmobiliendepot.at

女性の力&生きる喜び
Frauenpower und Lebensfreude

Frauenpower und Lebensfreude

宮廷馬車博物館では、政治や戦争ではなく、マリア・テレジアの活気に満ちていた生活をたどる。マリア・テレジアは休むことなく働き、男性権力者と並ぶほどのパワーを持っていたが、ときに女性らしさを武器にすることもあった。子どもを産むという生物学的な女性の役割だけでなく、ダンスを愛し、美しく若い女性を称賛するような豊かな感性を発揮。パレード車、貴重なバスローブなどは必見。

9:00〜17:00
9.50ユーロ
Kaiserliche Wagenburg Wien
Schönbrunner Schlossstraße, 1130 Wien
www.kaiserliche-wagenburg.at

同盟者と敵対者
Bündnisse und Feindschaften

ニーダーエスターライヒ州にあるホーフ宮殿では「同盟者と敵対者」がテーマ。マリア・テレジアの統治期間には、良い改革と近代化が進んだだけでなく、戦争があり、苦しみや不寛容さがあったことを知る展示になっている。特にオーストリア継承戦争と七年戦争は密接にマリア・テレジアがかかわった戦争として詳細な資料がある。「素晴らしさ」と「悲惨さ」の印象は、当代一の君主の相反するイメージを映し出す。

10:00〜18:00
13ユーロ
Schlosshof
Schloss Hof 1, 2294 Schloßhof
www.schlosshof.at

近代化と改革
Modernisierung und Reformen

Modernisierung und Reformen

マリア・テレジアによる帝国の改革と近代化政策を取り上る。展示会の冒頭ではマリア・テレジアの改革がいかに重大な影響を与えたかを知るために、社会的不平等と封建制度という当時の時代背景が説明されている。マリア・テレジアはまず、政府や税制、行政の改革、また学校の近代化を進めた。会場となっている宮殿は狩猟の館として作られ、宮廷建築家ニコラウス・パカッシが改築したもの。

10:00〜18:00、9.50ユーロ
Schloss Niederweiden
Niederweiden, 2292 Engelhartstetten
www.schlosshof.at/der-standort/schloss-niederweiden

その他の関連イベント

マリア・テレジア: ハプスブルク家最強の女性
Maria Theresia: Habsburgs mächtigste Frau

マリア・テレジア: ハプスブルク家最強の女性

ハプスブルク帝国の最も強力な支配者、マリア・テレジア。彼女の政策、成功と危機などオーストリアとヨーロッパに果たした役割を見ていく。

2017年6月5日(月)まで
火~日10:00~18:00(木~21:00)
※6月は無休
7ユーロ
Österreichische Nationalbibliothek
Josefsplatz 1, 1010 Wien
www.onb.ac.at

マリア・テレジアとアート
Maria Theresia und die Kunst

マリア・テレジアとアート

ベルヴェデーレ内に宮廷ギャラリーを創設したマリア・テレジア。肖像画や彫刻、風景画などが、当時どのような意味を持っていたのか。マリア・テレジアと美術作品との関係を探っていく。

2017年6月30日(金)〜11月5日(日)
10:00〜18:00(水~21:00)
12ユーロ
Belvedere - Unteres Belvedere & Orangerie
Rennweg 6, 1030 Wien
www.belvedere.at

陛下の手元に:マリア・テレジア・メダル
Zuhanden Ihrer Majestät: Medaillen Maria Theresias

陛下の手元に:マリア・テレジア・メダル

美術史博物館の古銭キャビネットではマリア・テレジアの肖像画などが施された観賞用の記念コインのコレクションが多数展示される。

2017年3月28日(火)~2018年2月18日(日)
10:00~18:00 ※6~8月以外は月曜休館
15ユーロ
Kunsthistorisches Museum
Maria-Theresien-Platz,
1010 Wien
www.khm.at

マリア・テレジア時代の磁器とプライバシー
Höchst persönlich. Porzellan und Privatheit zur Zeit Maria Theresia

マリア・テレジア時代の磁器とプライバシー

マリア・テレジアによって皇室直属の磁器窯となったアウガルテン。当時の貴婦人の部屋を飾った陶器に注目する。

2017年3月20日(月)~10月7日(土)
10:00~18:00 ※日祝休館
7ユーロ
Wiener Porzellanmanufaktur Augarten
Obere Augartenstraße 1, 1020 Wien
www.augarten.at

教会、修道院、女帝 - マリア・テレジアとオーストリアの宗教
Kirche, Kloster, Kaiserin
- Maria Theresia und das sakrale Österreich

教会、修道院、女帝 - マリア・テレジアとオーストリアの宗教

教会とハプスブルク家関係に焦点を当てる。また祭式装飾や司祭の祭服の華やかな刺しゅうなど傑作を展示する。

2017年3月4日(土)〜11月15日(水)
10:00~17:00(5月からは9:00~18:00)
11ユーロ
Klosterneuburg Abbey
Stiftsplatz 1, 3400 Klosterneuburg
www.stift-klosterneuburg.at

 
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