黒い森が生んだ修道院のビール
アルピルスバッハ修道院醸造所は、ドイツの南西部に広がる黒い森(Schwarzwald)の中の小さな街にある。黒い森はライン川を挟んでフランスに国境を接し、南北160キロにわたる広大な森林地帯。ドイツトウヒなどの針葉樹が多く、離れて眺めると黒っぽく見えることから、黒い森と呼ばれている。
森には小さな街が点在し、それぞれが異なる趣で旅人を出迎えてくれる。アルピルスバッハの街もその一つ。シュトゥットガルトの南100キロほど離れた森の中から姿を現す木組みの家々と古い石畳は、まるでおとぎ話の世界のようだ。街のシンボルでもある修道院は11世紀に建てられた堅固なロマネスク様式の建物。かつてベネディクト会の修道士たちが祈りと自給自足の生活の中で、農業や畜産業、ビール造りを行っていた。
修道院自体は16世紀に廃止されたが、醸造所の建物をヨハン・ゴットフリート・グラウナーという人物が1877年に買い取り、その息子に醸造を学ばせてビール造りを再開した。以降、グラウナー家によってこの醸造所は運営されており、現在は4代目だ。NHKの語学番組「旅するドイツ語」で「黒い森の修道院ビール!」の回に訪れた醸造所といえば、ピンと来る方もいらっしゃるかもしれない。
醸造所ではビールだけでなく、ウイスキーなどのリキュール類も製造している。さらにスパイスソルトやマスタード、ソーセージなどの食品や、ホップを使った石けんやシャンプーなどの日用品も販売。かつての修道士たちも、これらを製造していたと想像すると面白い。
Weizen Hefe Hellは、レモンのようなフルーティーさと酸味が、パッと口の中に広がる。豊かな小麦のうま味を感じつつも、するすると喉をかけ落ちていく。この地方の水はドイツでは珍しい軟水。黒い森が生んだピュアな水と、修道院時代からの醸造の知恵、そして現代の最先端技術が融合したビールなのだ。