ジャパンダイジェスト

ベアーテ・ヴォンデさんと森鷗外記念館の36年

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ベルリン中央駅からS バーンでフリードリヒシュトラーセ駅に向かう時、「鷗外」と書かれた建物の外壁が一瞬視界に入る。ドイツの首都のど真ん中で遭遇する「日本」にハッとした人もいるだろう。この建物の中にあるのがベルリン森鷗外記念館である。

ベルリン森鷗外記念館のある建物。吉見松香氏の書による外壁の文字「鷗外」が見える
ベルリン森鷗外記念館のある建物。吉見松香氏の書による外壁の文字「鷗外」が見える

この記念館の変化を見続けてきたのが、副館長にして唯一の常勤職員のベアーテ・ヴォンデさん。この5月末、ヴォンデさんは定年で退職する。鷗外と日本文学への溢れんばかりの愛情と該博な知識、流暢な日本語でのエネルギッシュな話ぶりに、知的刺激を受けた人は私を含めて少なくないはず。今日の鷗外記念館は、彼女の存在なしにはあり得なかった。

1954年にブランデンブルク州で生まれたヴォンデさんは、ベルリンのフンボルト大学で日本学を学んだ。マリーエン通りとルイーゼン通りの角の建物に、記念室がオープンしたのは1984年10月。森鷗外こと森林太郎がドイツに到着して100年を記念し、ベルリンでの最初の下宿先があった建物内に記念室が設立された。その先頭に立ったのは、フンボルト大日本学のユルゲン・ベルント教授だった。「ベルント先生に『2~3年ここで働いてみないか』と誘われて仕事を始めたんです。当時見学を希望する方がいたら、アレクサンダー広場の世界時計前で待ち合わせて、記念室まで歩いてご案内をしていました。東ドイツで日本人に会うことは稀だったのでうれしかったですね」

80年代当時は、年配の鷗外ファンや研究者の訪問が多かったという。「5年後にはわざわざ訪れるような人はいなくなるだろう」と思ったが、「壁崩壊後、連日観光バスが下に止まるように……。今は若者が一番多い。世界旅行中の人や、留学生だったり」。

特別展のオープニングでは、吉見氏が書を披露した
特別展のオープニングでは、吉見氏が書を披露した

この記念館の何が人を惹きつけるのだろう。「ゲストブックには『ドイツに来て今やっと日本の素晴らしさが分かった』『自分たちの先駆者の偉大さを実感した』といった感想が並びます。外国で鷗外の記念館に出会うことによって、より深い印象を受けるのですね。いわば、130年前の鷗外と同じようにドイツから日本を見るわけですから」

文学者、翻訳者、軍医、さらに衛生学者として、多彩な顔を持つ鷗外の魅力をヴォンデさんはこう語る。「鷗外が今もアクチュアルである理由は、彼が文字通りの翻訳ではなく、文化的な翻訳をしたこと。学者にも一般市民にも、同じ複雑な内容を適切な言葉で伝えることができた。啓蒙者としての使命感があったゆえでしょう」。

「鷗外記念館は私のライフワーク」と語るヴォンデさんもまた、ここでの仕事をミッションと感じてきた。観光客から研究者、さらには大統領や皇太子まであらゆる訪問者の案内のみならず、キュレーターも務めた。「さまざまな方から反応をいただき、疑問に答えるのは楽しかったです」と微笑む。「ベルリンにある唯一の外国人作家の記念館」での豊かな日々はまもなく終わるが、第二の人生で日独間にどんな橋を架けてくれるのか、今から楽しみだ。

インフォメーション

ベルリン森鷗外記念館
Mori-Ôgai-Gedenkstätte

1884~88年にドイツ留学した森鷗外の記念館(現在はフンボルト大学の付属施設)。鷗外がベルリンで最初に住んだアパートと同じ建物内にあり、鷗外の文学とその多面性を紹介する常設展(日独併記)は非常に充実した内容。パネルには白木や和紙が使われている。19世紀当時の下宿の内装を再現した部屋もある。

オープン:月曜~金曜10:00~14:00
(※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、一時的に臨時休館中)
住所:Luisenstr. 39, 10117 Berlin
電話番号:030-282-6097
URL:http://u.hu-berlin.de/ogai

森鷗外の著作をモチーフにした書道個展「百折不回」

ベルリン森鷗外記念館で開催中の特別展。吉見松香氏による記念館外壁の「鷗外」の書は、2004年に行われた書道コンクールで、130点の作品の中から選ばれたもの。鷗外の文学をモチーフにした書の作品を扱った今回の特別展では、「鷗外」の原作も展示されている。開催は5月15日までだが、新型コロナウイルス感染拡大防止のため記念館は一時的に臨時休館中。

 
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中村さん中村真人(なかむらまさと) 神奈川県横須賀市出身。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。現在はフリーのライター。著書に『ベルリンガイドブック』(学研プラス)など。
ブログ「ベルリン中央駅」 http://berlinhbf.com
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