この9月下旬、フンボルト・フォーラム内に民族学博物館とアジア美術館がオープンした。かつては西側のダーレムに所在していたこれらのミュージアムが、長い年月を経て、この新しい複合文化施設に移転してきたのである。
フンボルト・フォーラムのアジア美術館にある茶室忘機庵(ぼうきあん)
一般公開が始まった最初の週に早速足を運んでみた。2階がアフリカやオセアニア、3階がアジア美術の展示になっている。館内は極めて広大で、とても一度では見切れない。日本美術のコーナーに本格的な茶室が誕生したと聞いていたので、今回はそれを目指すことにした。南アジア、そしてシルクロードの美術……。少しずつ東に移動する。なかなか帰省できない今、アジアの美術品を眺めながら気持ちは日本に飛んでいくような高ぶりを感じた。
さて、この建物の西北の角に位置する日本美術の展示室に到着すると、目の前に立派な茶室が構えている。今回のアジア美術館の移設に合わせて行われた指名コンペで最優秀案に選ばれたもので、裏千家今日庵業躰(こんにちあんぎょうたい)の奈良宗久さんが監修し、金沢市在住の建築家の浦淳さんと3人の工芸作家が協力して出来上がったという。
作品のテーマは「破壊と創造」。八畳の茶室は八角形の構造で、戦争の傷跡を伝えるベルリンのカイザー・ヴィルヘルム記念教会の尖塔の屋根の形がモチーフになっているそうだ。扉には本漆、茶室につながる露地には焼きものが使われるなど、日本の工芸の意匠がふんだんに盛り込まれている。この茶室の名前「忘機庵」は裏千家の坐忘斎(ざぼうさい)御家元が命名し、扁額がフンボルト・フォーラムに寄贈された。
茶室忘機庵の内装。八角形の構造が分かる
茶道裏千家淡交会(たんこうかい)ベルリン協会の方にお話を伺うと、この空間の印象を語ってくれた。
「単に見せるだけではなく、茶道の実践に使えるよう細部まできっちり作り込まれています。モダンでありながら中は調和が取れていて、日本の茶室にいるような感じがしますね」。
この10月からは同協会により、毎月2日間来館者の前で茶の湯紹介が行われているそうだ。
「ドイツでは茶道が禅や瞑想と結び付けられることが多いのですが、修行の場ではありません。迎える亭主とお客さんとの間に生まれる一期一会の時間と出会いを楽しみ、調和のひと時を味わうこともできます。ドイツの方々にそんな茶道の魅力を知っていただくきっかけになればうれしいですね」と幹事長の磯山さんは協会としての願いを語ってくれた。
茶室の前の椅子に座って、茶の湯を紹介した映像をぼんやり眺めていると、久々に日本にいるかのように気持ちが和んでくるのを感じた。ふと窓の外に目をやると、向かいにある古代神殿のような博物館島の建物が見える。ここはベルリンだ……。
裏千家前家元の鵬雲斎大宗匠(ほううんさいだいそうしょう)は「一碗(わん)からピースフルネスを」という理念をもって、茶の湯による平和祈願の行脚を長年続けてきたという。この広大な文化施設の片隅に、和の心と平和の精神を体現した静謐(せいひつ)な空間が生まれたことを喜びたい。
民族学博物館とアジア美術館
Ethnologisches Museum & Museum für Asiatische Kunst
2021年にオープンしたフンボルト・フォーラムの中心を占めるミュージアム。アフリカ、アメリカ、アジア、オセアニアからの約2万点の物品が展示されており、2022年初夏からは全館が公開される予定。日本美術内の茶室での茶の湯紹介は、原則として毎月第1と第3日曜日に行われている(14時からは薄茶、16時からは濃茶)。
オープン:月水木10:00~20:00、金土10:00~22:00
住所:Schloßplatz, 10178 Berlin
電話番号:030-992118989
URL:www.humboldtforum.org
茶道裏千家淡交会ベルリン協会
Urasenke Teeweg-Verein Berlin e.V.
2013年に設立された一般社団法人茶道裏千家淡交会の 海外協会。茶道に興味があり、学びたい人は誰でも会員になることができる。17世紀に利休の孫の元伯宗旦(げんぱくそうたん)の四男仙叟宗室(せんそうそうしつ)によって始まった裏千家は、第二次世界大戦後に14代無限斎(むげんさい)、15代鵬雲斎大宗匠により海外普及が進められ、現在は36カ国に90を超える海外支部を持つ。詳細は下記HPにて。