3月17日の夕、フェアベリナー広場からほど近いコムナーレ・ギャラリーの中に入ると、懐かしい人が出迎えてくれた。ヨアヒム・リスマンさん。かつてクーダムから一歩入ったシュリューター通りのホテル・ボゴタのオーナーだった方だ。この日、「PHOTOPLATZ 2006-2013」という写真展のオープニングが行われた。
コムナーレ・ギャラリーで行われた展覧会のオープニングから
2013年末、家賃高騰の余波により閉業を強いられるまで、ホテル・ボゴタは約半世紀ベルリン西地区の伝説的なホテルであり続けた。いわゆる高級ホテルではない。だが、その重厚な佇まいは、歴史を積み重ねてきたことでしか得られない、文化的な豊かさにあふれていた。私も2回泊まったことがある。
芸術に造詣の深いリスマンさんは、ホテルの空間をアーティストに展示の場として提供し続けた。2006〜2013年まで、写真展「フォトプラッツ」を73回も開催したのは最たる例で、今回の展示にはそのハイライトが一堂に会した。ホテルの内装の写真や間取り図まで紹介され、戦前ベニー・グッドマンが演奏した緑の小部屋やレトロな電話ボックス、朝食ルームを眺め、私はしばし懐かしさに浸った。
ホテルの閉鎖後、「リトル・ボゴタ」なる場所で活動が引き継がれているという話をどこかで聞いたのを思い出し、リスマンさんに尋ねると、「今度ぜひいらしてください」と言って連絡先を渡してくれた。
後日シャルロッテンブルク駅近くの「リトル・ボゴタ」に足を運んだ。呼び鈴を押してドアを開けてもらうと、リスマンさんが顔をのぞかせた。なんのことはない、ここは彼の現在の自宅だ。だが、奥へと続く長い廊下を見て、私は思わず声を上げた。黄と赤のツートンカラーによる壁の色が、ホテル・ボゴタの内装にそっくり。奥の居間には、緑の小部屋を再現した一角が、オリジナルの調度品と共にある。ハーブティーを注ぎながら、リスマンさんが説明してくれた。「7年半前、私がこのアパートに越してきてから、『リトル・ボゴタ』として短期・中期でベルリンに滞在する方に空き部屋をお貸ししていました。コロナ禍を経て、現在はどの部屋も埋まっているのですが」。そういうことだったのか……。
現在は主に映画のエキストラ俳優として活動するリスマンさんだが、自ら写真も撮り、この居間で展示を行うことも。壁に写真家ヘルムート・ニュートンの写真が飾られていた。ベルリン出身のユダヤ人だったニュートンは、10代の頃、ここの上階にあったアトリエで写真の修行を積んだという。2002年、この著名な写真家が夫人とホテル・ボゴタに宿泊した際、フロントにいたリスマンさんは、ニュートンのポートレートを撮らせてもらった。その出会いから2年後、ニュートンは交通事故で亡くなった。
「ホテル・ボゴタは私の最初の作品でした」とリスマンさんは言う。ホテルは人生における恒常の住処ではないけれど、そこで過ごした時間は記憶に刻まれ、時に人の深い縁に結びつける。そのことを実感させてくれたリトル・ボゴタでのひと時だった。
ホテル・ボゴタの小部屋を再現した一角に立つヨアヒム・リスマンさん
コムナーレ・ギャラリー・ベルリン
Kommunale Galerie Berlin
1974年に創設されたシャルロッテンブルク=ヴィルマースドルフ地区の公共ギャラリー。地元の作家による芸術フォーラムとして活発な活動を展開しており、特に写真の展示に重点を置く。アート作品を安価で貸し出すサービスも行っている。写真展「PHOTOPLATZ 2006-2013c/o Hotel Bogota」は、5月21日(日)まで開催。
オープン:火木金10:00〜17:00、
水10:00〜19:00、土日11:00〜17:00
住所:Hohenzollerndamm 176, 10713 Berlin
電話番号:030-902916704
URL:kommunalegalerie-berlin.de
ヘンリ・ホテル
Henri Hotel
ホテル・ボゴタのファンに朗報。クーダム南側のアルトバウ(戦前の古い建物)に構えるヘンリ・ホテルには、かつてのボゴタの内装を再現した部屋が二つ用意されているという。また、ホテル・ボゴタをテーマにしたミニミュージアムでは、オリジナルの電話ボックスなどが展示され、多くの著名人にも愛されたこのホテルの記憶を伝えている。
住所:Meinekestr. 9, 10719 Berlin
電話番号:030-884430
URL:www.henri-hotels.com