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亡命博物館設立への道のり

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クーダムから南に一歩入ったファザーネン通りを歩くと、あの邸宅が見えてきた。ここに来るのは、昨年6月末、ケーテ・コルヴィッツ美術館を最後に訪れて以来だ。建物自体は変わらないが、窓や案内板がブルーの色で模様替えされていた。案内板には、Werkstatt Exilmuseum(亡命博物館の工房)とある。コルヴィッツ美術館がシャルロッテンブルク宮殿に移転し、最近になってこの建物に亡命博物館の工房が入居した。毎週木曜にオープンしていると聞いて、私はこの日に訪れたのだった。

ファザーネン通りにオープンした亡命博物館の工房ファザーネン通りにオープンした亡命博物館の工房

2階に上がると、旧アンハルター駅のファサード裏手に建設予定の亡命博物館のことが紹介されている。ベルリンにはナチス時代のホロコースト、迫害や追放に焦点を当てた博物館などはすでにあるが、亡命をテーマにした博物館はまだない。ノーベル文学賞受賞者で、自らもルーマニアからドイツに亡命した作家ヘルタ・ミュラーの提言により亡命博物館の構想が生まれた。2020年に行われた建築コンペでは、デンマークの建築家、ドルテ・マンドルップの案が選ばれている。

手前の部屋の机には、博物館をかたどった紙が置かれ、訪れた人が自らのアイデアや希望を書き込めるようになっていた。奥は小さなスタジオで、かつて亡命を経験した人や現在亡命生活を送っている人へのインタビューがここで行われるという。「私は亡命博物館に、難民がひと固まりではなく、さまざまな異なる物語と夢をもった人たちであることを示してほしいと願っています」という、2014年からベルリンで亡命生活を送るシリア出身の作家、ウィダド・ナビの言葉が紹介されていた。

3階には、2枚の壁に亡命者の肖像画が飾られている。ヴィリー・ブラント、テオドール・アドルノ、ジゼル・フロイントといったナチ政権を逃れた著名人のモノクロ写真だけでなく、ここで撮られて間もないと思われる現代の亡命者のカラー写真も。それらが向かい合うことで、過去と現在の境が溶けていくような印象を与える。

その奥には、かつてのアンハルター駅に関する展示があった。1933〜45年に、約50万人もがドイツから逃亡した。当時、ベルリンから去ることを余儀なくされたユダヤ人や政治的に迫害された人の多くが未知の世界へと旅立ったのがこの駅なのだった。1938〜39年の救出作戦「キンダートランスポート」で英国に亡命した子どもたちの写真を眺めながら、彼らを送り出した親の心情に思いをはせた。

この駅ほど亡命博物館にふさわしい場所もないだろう。とはいえ、完成までの道筋はまだ不透明だ。ウクライナ戦争勃発以降の物価上昇で、総工費は当初の倍の6000万ユーロに膨れ上がった。すでに寄付で2000万ユーロは集まったが、公の支援に加え、積極的な市民参加も求められている。戦争や紛争地域からの避難が再び身近になった今、「亡命という言葉の内実を理解するための博物館」(ミュラー)の設立に向けて一市民として応援したい。

亡命博物館の完成予想図亡命博物館の完成予想図

インフォメーション

亡命博物館の工房
Werkstatt Exilmuseum

3月末にオープンした亡命博物館の工房。すでに2011年、ヘルタ・ミュラーはアンゲラ・メルケル首相(当時)に亡命博物館の設立を求める書簡を出しており、ヨアヒム・ガウク元連邦大統領と共に、博物館の後援者を務める。工房では朗読会やワークショップ、亡命をテーマにした映画上映会も予定されている。博物館の完成予定は2026年。

オープン:毎週木曜15:00~18:00(入場無料)
住所:Fasanenstr. 24, 10719 Berlin
電話番号:030-7673-39120
URL:www.stiftung-exilmuseum.berlin

アンハルター駅
Anhalter Bahnhof

クロイツベルク地区にある鉄道駅。帝政時代からワイマール共和国時代にかけて、ベルリンで最も重要な長距離鉄道駅の一つだった。ヒトラー政権掌握後は、多くの亡命者がこの駅から旅立った。第二次世界大戦中に破壊され、1959年に取り壊された後は正面のファサードだけが残されている。地下にはSバーンのアンハルター駅がある。

 
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中村さん中村真人(なかむらまさと) 神奈川県横須賀市出身。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。現在はフリーのライター。著書に『ベルリンガイドブック』(学研プラス)など。
ブログ「ベルリン中央駅」 http://berlinhbf.com
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