今年の5月7日前後、ベートーヴェンの「第九」がSNSでトレンドワード入りした。かの交響曲第9番「合唱付き」が、1824年5月7日の初演から200年を迎えたのだ。それを祝って、初演の地のウィーンをはじめ、ドイツ語圏でも記念公演が行われた。
日本では特になじみ深い第九だが、自筆譜がベルリンにあるのをご存知だろうか。初演200年に合わせて、所蔵するベルリン国立図書館が自筆譜を特別展示するというので足を運んでみることにした。
ベルリン国立図書館に収蔵されているベートーヴェン「第九」の自筆譜
目抜き通りウンター・デン・リンデンに面した本館の中に入り、閲覧室に続く壮麗な階段を横目に奥へ進むと、そこが国立図書館クルトゥーアヴェルクの入口。奥が暗いのでなんとなく入りづらい雰囲気があるが、誰でもウエルカム。ここは国立図書館の大改装に合わせて2022年にできた博物館で、本図書館が所蔵する貴重な品々を無料で公開している。
入場すると大きなスペースの常設展だが、まずは「第九」の楽譜を見たいので先へと進む。奥の階段を降りていくと、そこが宝物室。第九の自筆譜は一番奥に鎮座していた。横にはベートーヴェンの像が並び、厳粛な気持ちになる。置かれていたのは二つの見開きページで、第2楽章の終わりと第3楽章の冒頭。そして、合唱が加わるフィナーレの一節だ。
ベートーヴェンの自筆譜は読みにくいといわれるが、確かにそうで、これだけ見てもあまりピンとこない。私が感動したのは、この見た目はさほどさえない紙の楽譜がベートーヴェンの精神と共に音になって、過去200年の間いったいどれだけの人の心を励ましてきたのかということだった。2001年にはユネスコ記憶遺産に登録されている。
第九の両脇には、木の美麗収容ケース付きの「源氏物語」(16世紀)や、小さな字でぎっしり書かれた哲学者カントの遺稿が置かれていて、こちらにも見入ってしまう。
クルトゥーアヴェルクの常設展
常設展に戻る。展示は五つの部分から成り、私的な宮廷図書館から現代的な総合図書館へ発展する過程も垣間見られる構成になっていた。出発点は17世紀の選定候、フリードリヒ・ヴィルヘルム。彼は学術全般、なかでも東アジアとオリエントに関心があったという。そこには美しい植物画による「日本植物誌」(Flora Japonica)も展示されていた。17世紀末、長崎のオランダ商館長を務めたドイツ人のアンドレアス・クレイエルから贈られたものだそうで、はるか昔の日独の交流にも思いをはせた。
ここで驚き、感動したものを挙げると枚挙にいとまがない。ゲーテの『西東詩集』の初版本、ベルリン大学教授だったヘーゲルの自筆講義録『自然法および国家法』、十二音技法の創設者であるシェーンベルクの「5つのピアノ曲」(ベートーヴェンと違い、こちらは見た目も芸術品といえるほど)。さらにナチス時代のプロパガンダ新聞、『大江健三郎文学辞典』や『マンガ研究』など日本語の書物も置かれていた。
まさにベルリン国立図書館の知の宇宙を凝縮した展示。私も何かを書きたくなった。
ベルリン国立図書館クルトゥーアヴェルク
Stabi Kulturwerk
国立図書館内にある博物館。常設展では、17世紀から現代まで、300以上の貴重な書物、写本、遺品、芸術作品などが展示されている。地下の宝物室は保存上の理由から3カ月おきに展示内容が変わるので、再訪する価値あり。ベートーヴェン「第九」自筆譜の展示は8月25日まで。入場無料。
オープン:火~日10:00~18:00、木10:00~20:00
住所:Unter den Linden 8, 10117 Berlin
URL:https://stabi-kulturwerk.de
ベルリン国立図書館音楽部門
Staatsbibliothek zu Berlin Musikabteilung
国立図書館の音楽部門は、ドイツ最大の音楽コレクションとして世界的に知られる。J.S.バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、メンデルスゾーンなどの自筆譜や書簡、遺品などを収蔵し、これらの貴重な自筆譜の多くはオンライン上で公開している。ポツダム通りの国立図書館には、メンデルスゾーン一家に関する資料室もある。
オープン:月水金9:00~17:00、火木9:00~19:00
住所::Unter den Linden 8, 10117 Berlin
電話番号:030-266435321
URL:https://staatsbibliothek-berlin.de