テロ、無差別攻撃、集団虐殺、難民、拉致、処刑……。今日も新聞やパソコンを開くと、このような言葉が見出しに並ぶニュースが飛び込んでくる。その度に陰鬱な気持ちになるが、紛争地域からの難民の受け入れをめぐる論議は、ドイツに住んでいるともはや他人事ではない。ある時は、遠い場所での事件やテロが連鎖し、「ベルリン中央駅でイスラム過激派がテロを計画」というニュースを目にして愕然とする。モノや情報の伝達だけでなく、憎悪の感情までもがあっという間に伝播するグローバルな世界に我々は生きている。
昨年12月末、友人に勧められてリミニ・プロトコルの“Situation Rooms”という演劇作品を観に行った。会場のHAU2の中に入ると、映画の撮影セットのようなものが置かれている。まず担当者からセット内の回り方の説明を受け、1人ひとりにiPadが渡された。一度に参加できる人数は20人まで。戦争をテーマにしたインスタレーションということは聞いていたが、一体何が起こるのかよく分からないまま、指定された部屋のドアを開けてみた。
そこは病院の手術室だった。iPadには「国境なき医師団」のあるドイツ人医師のインタビューと共に、まさに同じ場所で撮影された映像が流れている。それに従ってベッドの上に横になり、負傷した人々の映像を見る。私はこの医師がかつて経験した、アフリカのシエラレオネ共和国の内戦で負傷した市民の目線になったわけだ。そこに、やはりiPadを持った別の観客が入ってきて、医師の視線からベッド上の私を見下ろした……。
“Situation Rooms“の一場面より
これでようやく分かった。“Situation Rooms”の演者は我々観客なのだ。リミニ・プロトコルが取材した、住む場所も立場も異なる20人の部屋に入り、「住人」である彼らの体験に自分を「同化」させるのである。ある時はガザ地区との国境をパトロールする若いイスラエル兵になって監視塔に上り、またある時はパキスタンのテロリストの掃討を目的とするインド空軍の中尉のヘリコプターの中に入る。リビアからのボート難民の一家が住む部屋に紛れ込み、彼らと一緒にお茶(本物が用意されている)を飲んだかと思うと、9歳で兵士に駆り出されたコンゴ人青年の人生を追体験する……。
この作品の重要なテーマは、戦争の構造を形作る上で不可欠な「武器」である。1時間20分の行程の間、観客は時間差を置きながらある人を演じ、別の観客にバトンを渡していく。立場を変えることで、武器をめぐる様々な風景や状況が見えてくる。巨大軍需コンツェルンの社長の部屋にも入ったし、完成品がどこに運ばれるか知らされないまま、長年軍需産業の工場で働いたスイス人の作業工程も体験した。射撃の名手であるドイツ人警察官の「指導」を受け、地面に這いつくばって射撃の練習をするとは、よもや思わなかった。
セットの間を行き来する間に、ドイツが世界第3位の武器輸出国であるということや、「ドイツ銀行」が爆弾を製造するスペインのコンツェルンの重要なスポンサーであることなど、知られざる現実にも出会った。一市民である自分自身も、いつどこで戦争の加害者として巻き込まれるか分からない。ドイツ政府の武器輸出を糾弾する活動家が、こんなことを話していてドキリとした。「ドイツが模範とするのは日本です。なぜなら武器の輸出を全く行っていないから」。
ヘッベル・アム・ウーファー
Hebbel am Ufer(HAU)
2003年、クロイツベルクの川沿いの大中小3つの劇場が統合して生まれた1つの劇場組織。2012年からベルギー人のアネミー・ファンアカラが芸術監督を務め、演劇やダンスなどのパフォーミングアーツで先進的なプロジェクトを実現している。リミニ・プロトコルは2004年以来ここを本拠地とし、数々の話題作を送り出してきた。
チケットオフィス:月〜土15:00〜公演の1時間前まで(公演のない日は15:00〜19:00)
住所:Hallesches Ufer 32, 10963 Berlin(チケットオフィス)
電話番号:030-25900427
URL:www.hebbel-am-ufer.de
シチュエーション・ルームズ
Situation Rooms
現代社会の諸問題をテーマとする演劇集団「リミニ・プロトコルRimini Protokoll」のインタラクティブアート作品。2013年のルール・トリエンナーレで初公開された後、欧州各地に巡回している。3月12日(木)~29日(日)まで、ドレスデンの軍事史博物館にて上演される。1回の参加人数が限られており、予約は必須。第17回文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞授賞作品。