ベルリン動物園駅からREに乗って西へ約30分、電車はパウリーネンアウエという小さな無人駅に到着した。ベルリンとハンブルクを結ぶ幹線上にある駅だが、途中下車をしたのは初めてだった。煉瓦造りの堂々たる駅舎に比して、駅周辺は静けさに包まれている。ホームの向こう側に立つ日本人彫刻家の大黒貴之さんが、私の姿を見つけると手を振ってくれた。
大黒さんとは先日、知人宅のパーティーで出会ったばかり。彼はブランデンブルク州ハーフェルラント郡のラーテノウ市を拠点に活動しており、最近、当コラムでも取り上げたリベック(弊誌 第1005号、2015年7月3日発行)などで展示を行っているという。興味を示した私に対して、「今年はハーフェルラント郡でBUGA(連邦園芸博覧会)が開催されていますし、よかったら併せてご案内しますよ」と声を掛けてくださった。願ってもない案内人に導かれて、私はこの日、駅に降り立ったのだった。
大黒さんの車で、まずリベック宮殿に展示中のグループ展(9月27日まで)と、ヴァーゲニッツという村で行われている個展を案内していただく。特に素晴らしかったのは個展の方だった。村の真ん中の広場にとんがり帽子のような面白い形の廃墟(通称「スウェーデン塔」)がそびえ立ち、その前にクルミの実を連想させる大きな木の玉が有機的に連なりながら上へと伸びている。この廃墟、実はかつてヴァーゲニッツに住んでいた領主の宮殿跡。風雨にさらされ朽ちていくうちに、城の台所部分だけがこのように残ったのだという。ある種自然が作り上げた塔の残骸と、大黒さんがオーク材をくり抜いて積み上げて作った作品(タイトルは「Wood Cell」)とがユニークな形で共存し、同化している。
ヴァーゲニッツのスウェーデン塔前に飾られた大黒貴之さんの作品「Wood Cell」
そこからシュロスパークと呼ばれる森の中に入って行った。しばらく歩くと、黒い長方形のフレームがいくつも見えてくる。各フレームには、にんにくを思わせる白い塊が真っ直ぐに垂れ下がっている(作品名は「renmen / 連綿」)。白い塊に入っているのは意外にも新聞紙。ラッカーで何層にも固めて作ったものだという。さらに先へ行くと、緑の「島」のような場所にポツンと1つ立つ「連綿」の作品に出会い、その凛とした美しさに心奪われた。
シュロスパークに展示中の大黒さんの作品「renmen / 連綿」
「私は日本の文化・伝統美の影響を受けています。しかしその美をそのまま作品に反映させるのではなく、ドイツの文化・伝統や国際的なコンテンポラリーアートにリンクさせ、翻訳する必要があるのではないかと思います。『(生成と消滅、秩序と混沌など)相反するものが共在している状態』を作り出したい。それは現代社会に対する私の問いでもあります」
その後、フリーザックという町にある大黒さんのアトリエを見学させてもらい、午後はBUGAの主会場の1つ、アムト・リーノウ / シュテルンの博覧会を見学した。平日にもかかわらず、大勢の訪問客で賑わっていた。今年はハーフェルラントがドイツ全国の注目を集める稀少な年。この地に根を張って作品を作り続ける大黒さんのおかげで、私にとっても身近な場所になった。
ヴァーゲニッツ
Wagenitz
ブランデンブルク州ハーフェルラント郡にある村。14世紀から1945年まで領主だったブレードウ家がこの地に宮殿を構えていた。大黒さんの個展はBUGAの付随プロジェクトとして実現したもので、シュロスパークの作品は毎日 10:00〜17:00の間見学できる(10月11日まで)。ベルリン市内からヴァーゲニッツまでは車で約1時間。
住所:Parkstr. 1, 14662 Wagenitz(Schlosspark付近)
URL:http://k-daikoku.net(大黒さんのHP)
連邦園芸博覧会2015
BUGA 2015 Havelregion
ドイツで2年に1度開催されている大規模な園芸博覧会。今年の舞台はブランデンブルク州ハーフェルラント郡の5都市(ハーフェルベルク、アムト・リーノウ / シュテルン、ラーテノウ、プレムニッツ、ブランデンブルク)で、1枚の入場券(20ユーロ)で5つの会場をすべて巡ることが可能。開催は10月11日まで。次回2017年はベルリンで行われる。
オープン:9月は9:00〜19:00、10月は9:00〜18:00
電話番号:03381-7972015
URL:www.buga-2015-havelregion.de