アレクサンダー広場から地下鉄のU2に乗ってわずか一駅。クロースターシュトラーセ駅で降りると、時間の感覚が一気に半世紀以上さかのぼったような気がした。駅構内の赤みを帯びた色合いの照明、壁に掲げられた昔の電車やバスのノスタルジックなイラスト(古ぼけた戦前の地下鉄も1両保存されている)……。
地上に上がると、古い教会と墓地があり、その近くには13世紀の市壁の一部も残っている。喧騒に満ちたアレクサンダー広場の陽に対して、ここでは陰という言葉がぴったりくるが、この雰囲気は嫌いではない。教会の名はパロヒアル教会。久々に外観を眺めて、感慨が込み上げてきた。以前は抜け落ちていた教会の塔が、きれいに再建されていたからだ。
17世紀末に建立されたパロヒアル教会は、バロック様式の壮麗な教会堂だった。中でもアムステルダムの職人によって造られたグロッケンシュピール(カリヨンとも呼ばれる)の鐘の音は、「歌う時計」と呼ばれ、ベルリンの人々に親しまれていた。しかし、大戦中の1944年、教会の塔は焼夷弾により完全に破壊され、東独時代は倉庫として使われる時期が長く続く。ようやく大規模な修復作業が始まるのは、東西ドイツが統一してから。2016年10月23日、この教会にとって記念すべき日を迎える。再建された塔に再び設置されたカリヨンが、実に72年ぶりに鳴り響いたのである。
2016年に完全な姿を取り戻したパロヒアル教会
カリヨンは毎日4回鳴らされると聞き、この日の15時に合わせて教会の下にやって来た。時報を知らせる鐘の後に、それと重なり合いながら、かれんな音色が聴こえてくる。「心よ、出かけよう、喜びを探しに」というパウル・ゲルハルト作の賛美歌だ。昔の鐘の数は37だったのに対し、再建されたカリヨンは52の鐘から成る。奇しくも初代と同じオランダで制作されたものだ。
自動による演奏は数分で終わり。もっとゆっくりカリヨンを聴きたいと思ったら、時々コンサートが行われていることを知り、6月末の日曜の午後、再度この教会にやって来た。礼拝堂の内部はガランとしており、むき出しのレンガの壁が生々しい。正面には鉄パイプをわらのように束ねて作った印象的な十字架が架けられている。戦争で焼き尽くされた内部を、あえて化粧塗をしない状態で残しているのだという。
ここに座って耳を傾けるカリヨンも良いのだが、ほかの人たちは教会から出たり入ったりしながら自由に聴いている。私も外に出てみたが、鐘の音はやはり外の方がずっとよく聴こえる。この日はJan Verheyenというオランダ人のカリヨネア(カリヨン奏者)による生演奏。フランドル地方が昔からカリヨンの本場のようだ。ベルギーの伝統音楽に加えて、「ムーン・リバー」といった映画音楽から最近のヒット曲「デスパシート」まで、予期せず多彩な音楽を披露してくれた。
教会の塔から奏でられるカリヨンの響きは周囲の建物にもぶつかり合って、まるでベルリンという都市が奏でる音楽のよう。75年間の時の重みを感じながら、約1時間のコンサートは終わった。
教会の内部の様子
パロヒアル教会
Parochialkirche
1695年に完成したベルリン最古のプロテスタント教会。裏手の教会墓地もこの街に現存する最古の部類に属する。毎日9時、12時、15時、18時にそれぞれ数分間、グロッケンシュピールを聴くことができる。今回ご紹介した日曜コンサートは、7月29日と9月9日のそれぞれ15時から開催される(入場無料だが募金を募っている)。
オープン:月〜金9:00〜15:30
住所:Klosterstr. 67, 10179 Berlin
電話番号:030-24759510
URL:www.parochialkirche.de
ツア・レッツテン・インスタンツ
Zur letzten Instanz
パロヒアル教会の裏手にある、1621年創業というベルリンで最古の歴史を持つレストラン。「最後の裁判所」という店名は、かつて隣にあった裁判所に由来している。建物は第二次世界大戦で破壊されたが、東独時代の1963年に再建された。名物のアイスバインをはじめ、伝統的なドイツ料理を味わえる。
オープン:日12:00〜22:00、火〜土12:00〜1:00
住所:Waisenstr. 14-16, 10179 Berlin
電話番号:030-2425528
URL:https://zurletzteninstanz.com