アレクサンダー広場駅に大分遅れて到着した地下鉄はすでに満員だった。ベルリンの地下鉄の中でも100年以上前に造られたU1とこのU2は車体が狭く、大柄な人たちが乗るとすぐにいっぱいになる。当然冷房などはなく、車内は熱気でムンムン。今年の日本の猛暑はこんなものではないのだろうと思いつつ、メンデルスゾーン・バルトルディ駅で降りると、汗だくになっていた。
運河沿いの道を5分ほど歩くと、コンクリート製のいかつい建物が見えてきた。入口の前には、建物の巨大さに比べるとかなり控えめなサイズで「The Feuerle Collection」と赤字で書かれている。しばらく待っていると、このコレクションで館長補佐を務める小林志乃さんが迎えてくれた。
フォイエルレ・コレクションの外観
重い扉を閉めて中に入ると、ひんやりと涼しい。小林さんがこの建物の歴史について説明してくれる。外観から想像がつくように、これは第二次世界大戦中の1942年に建てられたブンカー(防空壕)の跡。ただし、人が避難するための施設ではなく、ドイツ帝国鉄道の情報通信ブンカーだったそうだ。この近くのアンハルター駅前にもブンカーが残っているが、あちらは旅客用。ただ、この2つの施設は地下で結ばれていたという。
そんな話に引き込まれながら、下の階に降りてゆく。サウンドルームという名の最初の部屋は真っ暗。ジョン・ケージのわずか数音のピアノ曲に耳を澄ませていると、奥の方がほんのわずかに光を帯びている。小林さんの案内だけを頼りに、まるで黄泉への道に連れていかれるような(?)感覚で進むと、そこが展示の始まりだった。
何しろすごいスケールである。結局戦時中に完成することなく、半世紀以上もの間廃墟だったブンカーに目をつけたのは、著名な美術コレクターのデジレ・フォイエルレ。イギリス人建築家のジョン・ポーソンが建物を改装し、2016年に美術館として蘇らせた。
フォイエルレ・コレクションの展示より。手前は11世紀のクメール彫刻
目の前に石で造られた長い椅子が置かれている。16世紀の明王朝時代の家具だという。その近くの美しい石の台は、紀元前2世紀の漢の時代に作られたそうだが、とてもそんな古いものに見えない。それらの上には、荒木経惟やアダム・フスといった現代作家の写真が掲げられている。
「フォイエルレが大事にしているコンセプトは、古いものと新しいものを融合して展示すること。彼はこう言います。『1世紀だろうが21世紀だろうが、私は作品の中に美しさを見出す』と」
小林さんに尋ねると作品について簡潔な説明をしてくれるが、説明書きは一切ない。訪れる人に作品と直の対話をしてほしいというコレクターの意図からだそうだ。そのようにして私はクメール彫刻の静謐な美に感嘆し、中国皇帝ゆかりの家具とアラーキーのエロティックな写真との組み合わせを楽しんだ。時代も作品形態もそれぞれまったく異なるのに、最終的には生と死を巡る主題へと収斂(しゅうれん)していくように感じた。
ベルリンでも味わったことのない、なんとも不思議な美術体験。すっかり英気を養ったような気分で下界に出ると、心なしか少し涼しくなっていた。
ザ・フォイエルレ・コレクション
The Feuerle Collection
クロイツベルク地区にあるプライベート美術館。見学は予約制となっており、下記のサイトから直接予約可能(日本語ページもあり)。入場料は18ユーロ(学割あり。16歳未満の入場は不可)。日本語でのツアーを申し込むこともできる。中国の伝統的な香の儀式を体験できる部屋もあるそうだ(別料金)。
オープン:毎週金〜日曜にガイドツアーが開催
住所:Hallesches Ufer 70, 10963 Berlin
電話番号:030-2579 2320
URL:www.thefeuerlecollection.org
ベルリン・ストーリー・ミュージアム
Berlin Story Museum
アンハルター駅前にあるもう一つの地上防空壕跡。大戦中の1940年に建てられ、当時3000人を収容するキャパシティーを持っていた。現在はベルリンの800年の歴史を時系列に紹介する博物館として使われている。1945年4月、ヒトラーが自殺した総統地下壕を原寸大で再現した部屋もあり、数年前のオープン時は話題を呼んだ。
オープン:月〜日曜10:00〜19:00
住所:Schöneberger Str. 23A, 10963 Berlin
電話番号:030-26555546
URL:www.berlinstory.de