3月6日(月)、ベルリン日独センターにて、作曲家の細川俊夫氏と能声楽家の青木涼子氏という国際的に活躍する二人の芸術家によるアーティスト・トークが開催されました。
同センターの河内彰子文化部長の司会で始まったトークは、その前の週にパーヴォ・ヤルヴィ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団によって世界初演された細川氏の新作ヴァイオリン協奏曲「祈る人」(独奏:樫本大進)の話から始まりました。「(ベルリンで作曲を学んでいた若き頃から)憧れだったベルリン・フィルが心のこもった演奏をしてくれました」とうれしそうな表情を浮かべた細川氏。この作品の作曲を始めたのは、昨年ウクライナで戦争が始まった頃だといいます。「心が陰うつな状況のなか、芸術家として何ができるのかと考えたとき、それは『祈ること』ではないかと思いました。私は仏像を見るのが好きです。シャーマンが祈り、歌い、踊ることでこの世とあの世を結ぶ道を作っていくように、エゴの表現ではなく、自己を透明化していく形の協奏曲を書きたいと思いました」と作曲の意図を語りました。
ベルリン日独センターで行われたアーティスト・トークの模様。青木涼子(写真左)、細川俊夫(右から2番目)
ここで2017年に初演された細川氏のオペラ「二人静 —海から来た少女—」の映像が流れます。能の「二人静」を下地に、現代の難民を巡る物語を題材にしたこのオペラで、静を演じたのが青木氏。トークでは、能独特の記譜法を説明しながら、その見事な歌声を披露しました。青木氏の声は西洋音楽のアルトとテノールの間の声域に重なり、裏声は使われません。「もともと私は新しい音楽を作ることに興味があり、西洋音楽と異なる声域や歌い方が現代音楽の作曲家には新鮮に映るようです」と青木氏。すでに50人を超える現代作曲家が、青木氏のために楽曲を提供しています。
ベルリン・フィルによる「祈る人」世界初演の演奏会から。左からパーヴォ・ヤルヴィ、細川氏、樫本大進氏
その能の声を細川氏は「毛筆」(カリグラフィー)に例えます。レンガを積み重ねていくように築き上げていく西洋音楽とは違う、自分の根にある日本の伝統音楽について語っていたのが特に興味深かったです。「私たちの音楽というのは、沈黙から命を持った音が生まれて成長し、消えていきます。一回ごとに生まれて消えていくからこそ音は美しい。今は(録音やストリーミングの発達で)同じものを何度も聴けるようになり、蓄えられた音で溢れていますが、たった一回しかないと思って聴く音楽体験は緊張感が違うし、音の美しさも違って感じ取れると思います」
日本の伝統文化に根差しながらも新しい音楽を生み出す細川氏と、それを歌い演じる青木氏。細川氏は現在新たなオペラの創作に取り組んでいるとのことで、どんな作品が生まれてくるのか期待が膨らみます。