セノグラファーという職業をご存知でしょうか。「場面や景色、状況(scene)を描写する、記述する(graphein)」という言葉からなるこの職業は、劇場などにおいて舞台美術を作る人のことを指します。それは単なる書き割りの背景ではなく、特別な情景や空間を作り出す、演出の要ともいえる重要な仕事です。
ベルリン在住の小林峻也さんは、主にコンテンポラリーダンスやバレエの公演で空間をデザインする、フリーランスのセノグラファー。オルデンブルク州立劇場の所属をへて独立してからは、東京、ベルリン、ハンブルク、デュッセルドルフなどの都市で活躍しています。
小林さんがセノグラフィーを担当した作品「Deep.Dance」より
作り手として、また観客としても舞台芸術の最前線にいる小林さんならではの視点から、ベルリンで上演されたなかで印象深かった作品や、劇場を取り巻く現状について伺いました。
最近観た印象的な作品として、今年2月にベルリン・ゾフィエンゼーレにて上演されたエヴァ・メイヤー=ケラー氏によるダンス作品「OUT OF MIND」を挙げてくれた小林さん。神経科学を参照しながら制作されたというこの作品は、人間の体全てで情報を伝達および知覚すること、すなわち身体性そのものをテーマとしています。一つの空間に集ったパフォーマーと観客全員で「肌で感じる」ことに集中する、まるで実験室にいるような体験だったそう。
「パンデミックで劇場が閉鎖した時期には、オンラインで観劇できるプログラムを発信していくしかありませんでした。その試行錯誤によってはっきりしたのは、肌で感じる体験が失われてしまったという現実。劇場という公共の場に人々が集まり、生身で演じるからこそ生まれるコミュニケーションが不可能なオンライン公演では、作り手が伝えたいことをほんの少ししか表現できません。そんな苦しい時期をへたこともあって、今、身体性にフォーカスする作品が増えているのだと思います。私たち人間の身体には、眠らせていてはもったいない感覚がたくさんありますから」
「OUT OF MIND」のメインビジュアル
小林さんが現在取り組んでいる作品の一つもまた、人間の身体性が重要なモチーフとして扱われています。さらに人工知能も用いながら、これからの社会の在り方を探っていく、未来について考えるような内容になるとのこと。ハンブルク在住のコレオグラファーを中心に、小林さんをはじめベルリン在住のチームメンバーと、悩み抜いて進めるクリエーションを楽しんでいるそうです。「自分もかつて、グローバルな舞台芸術の世界に関わってみたいと夢見ていました。出身地が日本であっても、どこであっても臆することなく仕事ができる。そうやって若い世代の背中を押せる存在になれるよう、これからも劇場で生きていきます」と語ってくれました。
Takaya Kobayashi:www.takaya-kobayashi.de