被写体を決め込まず、偶然目の前に現れた事象を、素早く捕獲するように撮影する。そうして捕らえたネガを、暗室でまた切り取り、粗さや力強さを加えてプリントにしていく。大量のストリートスナップを中心として、常に鋭いまなざしで時代を写し続ける写真家の森山大道。その60年に及ぶキャリアを3年間かけて研究した回顧展が、現在C/O Berlinにて開催されています。
森山さんの代表作「三沢の犬」が誕生したことでも知られる、雑誌「アサヒカメラ」での連載におけるハイライトから、アレ・ブレ・ボケを駆使した特徴的な表現の時期をまとめた第1部。そして、その後訪れたスランプを乗り越え、国内外を旅しながら「写真とは何か」という問いに向き合い続けた作品群の第2部。合計250点あまりの写真は全て森山さん本人が監修を手がけているそうです。世界中に影響を与えた写真家でありながら、この規模の展覧会は欧州では初めて。またとない機会に立ち会えたことに、ベルリン在住のいちファンとしてうれしく思いながら鑑賞しました。
森山大道展を開催中のC/O Berlin。展覧会を知らせる看板には「三沢の犬」
雑誌連載のために撮影された写真を紹介する部分では、テキストや構成も作品の一部として、掲載ページのコピーも合わせて展示されています。人のいなくなった村、1件の事故、有名人のスキャンダル、観光地の人混みなど、当時の社会が抱える大小さまざまな違和感にカメラを向け、ジャーナリズムとアートを行き来しながら、揺れ動く情勢を描写。現在のベルリンで鑑賞してもなお、洗練された普遍性を感じさせる緊張感が漂っていました。記事の内容も丁寧に翻訳されており、世代も人種も幅広いベルリンの人々が熱心に読み込んでいた様子が印象に残っています。
'Untitled', Tokyo, 1970, from 'A Hunter'
また、写真展示の第1部と第2部のちょうど中間に、今回の展覧会のために撮影されたインタビューの映像上映がありました。カメラを持つ自分自身を「狩人」と称することもあるほど、撮影に関しては隙のない森山さん。しかし、インタビューに応える姿は温和で落ち着きがあり、85歳という年齢を感じさせない雰囲気をまといながらこう語っていました。「写真は見る人のためのものです」。
そこに写っている情景が、見る人それぞれの記憶になる。または写真作品を見ることによって、それぞれの記憶がよみがえる。森山さん独自の表現や美意識が普遍的だからこそ、どんな場所で誰が見ても、リアリティーをもって迫ってくるものがあるのでしょう。100冊を超える写真集を出版された経歴からも分かるように、その精力的な活動の根本には、現在・過去・未来全ての記憶を撮影したいという壮大な衝動があるのだと思います。静かな展示室で、写真が放つ強力なエネルギーに圧倒されながら、私の記憶もまた新たな影響を受けました。展覧会は9月7日(木)まで。
C/O Berlin:https://co-berlin.org