この2月に開催された第74回ベルリン国際映画祭。日本映画は長編コンペ部門に入らなかったものの、安倍公房原作・石井岳龍監督の「箱男」などいくつかの話題作が集まりました。そのなかから、フォーラム部門に出展された想田和弘監督のドキュメンタリー映画「五香宮の猫」を観に行きました。
2月22日、ヴェディング地区にある「Silent Green」に足を運びました。かつて火葬場だった施設を改造したユニークな文化スポットです。地下に続くスロープを降りて行くと、思いのほか広い地下空間が広がり、奥に上映室がありました。想田監督の作品がベルリナーレで上映されるのは2007年の「選挙」以来、今回が5作目。すでにこの映画祭ではおなじみの顔で、チケットは即完売だったそうです。
映画「五香宮の猫」のポスター
このドキュメンタリー映画では瀬戸内海に臨む岡山県の港町、牛窓を舞台に、地元の人々と猫、自然が描かれます。タイトルになっている五香宮とは、牛窓にある小さな鎮守の社で、そこに生息する野良猫が主題。愛らしい子猫がカメラに向かって戯れるシーンから始まって、観客を和ませてくれるのですが、増えすぎる野良猫が地域の問題になっている現実が次第に浮かび上がってきます。
これ以上野良猫が増えないように捕獲して、不妊・去勢手術をする地元民の奮闘。ふん尿の問題に苦情を述べる人がいる一方で、外から猫を見にやって来る訪問客も後を絶たず、地域の活性化に生かせないかという声もあります。地域社会の高齢化の現実と共に、老人たちのゆったりとした語りは、港町での悠久の時の流れに身を置いているような心地よさがありました。
上映後のQ&Aに登壇した想田和弘監督
「事前のリサーチや打ち合わせは行わない」「なるべく長時間カメラを回す」「テーマを設定しない」のが想田監督の観察映画の掟。路地で遊んでいる中学生から映画監督としてのキャリアについて逆にインタビューを受けたり、撮影した高齢の女性の中にカメラ通がいて監督を驚かせたりという予想外の出来事もあり、楽しく鑑賞しました。日本の小さな街の人と猫の生の営みがベルリンの多種多様な観客と出会い、呼応し合うのは、国際映画祭ならではの面白さといえるでしょう。
上映の前後に登壇した想田監督は、2月22日が日本で猫の日であることを「ニャーニャーニャー」とユーモアたっぷりに説明した後、コロナ禍を経て4年ぶりに「自分のキャリアにとって切っても切れぬ深い縁になった」というベルリンに帰ってきた喜びと感謝を述べました。