2月1日、元ドイツ連邦議会議長のリタ・ジュスムートさん(キリスト教民主同盟・CDU)が88歳で死去しました。ジュスムートさんは戦後ドイツを代表する女性政治家の一人。ヘルムート・コール政権下の1985〜88年まで青年・家庭・女性・保健相を務め、1988〜98年まで東西ドイツ再統一をまたいで連邦議会議長の重責を担いました。
ドイツドームに設置されたリタ・ジュスムートさんの記帳台
ジュスムートさんは2002年に連邦議員を引退した後も、精力的に活動を続けました。私は2014年と15年にインタビューさせていただく機会があり、どちらも強く印象に残っています。2014年11月に、NHK「テレビでドイツ語」の取材で初めてインタビューした際は、ジュスムートさんが熱心に取り組んでいるドイツの移民政策がテーマでした。青年・家庭・女性・保健相だった1980年代の西ドイツ、特にトルコからの移民をめぐる状況を振り返ってこう語りました。「見知らぬ文化に対して人は不安になるものです。自分たちが価値を認めないようなことを彼らがするのではないか、と恐れるからです。だからこそ、人々が互いに経験を積むことが不可欠です。幼稚園や学校、スポーツなどのクラブ活動、近所付き合い……。こうした市民同士のつながりが最も効果を上げました」。
ジャンダルメンマルクト広場のドイツドーム(左)
当時のドイツは長年「移民国家ではない」という建前を維持してきましたが、ジュスムートさんが委員長を務めた専門家委員の主導により、2005年に移民法が施行されました。保守派CDUの重鎮ながら、移民に対して寛容かつ現実的な政策を採ってきた彼女に日本への助言を求めると、こう語りました。
「最初は少しずつ、緩やかに開いていくことです。一度に多くを受け入れようとすれば、人々は拒絶反応を示します。しかし、異なる文化の人も、第一に特定の国籍や宗教の人である前に、『人間』であることを忘れないでください。生存権、成長する権利、安全、教育といった価値を、私たちは全ての人と共有しているのです。仕事の世界で共に働くことで、不信感や不安は減っていきます。葛藤なしに門戸を開くことはできませんが、その葛藤をエスカレートさせるのではなく、乗り越えていくことが大切です」
ジュスムートさんの訃報を報じるベルリンの地元紙
このインタビューから10年以上がたち、ドイツも日本も移民をめぐる状況は大きく変わりました。社会における摩擦が高まっている今だからこそ、ジュスムートさんの言葉を心に刻みたいと思います。2月24日には、ベルリンの聖ヘトヴィヒ教会での礼拝に続き、連邦議会の本会議場でリタ・ジュスムートさんの追悼式典が行われました。



インベスト・イン・ババリア
スケッチブック
中村真人(なかむらまさと) 神奈川県横須賀市出身。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。現在はフリーのライター。著書に『






