ドイツと聞いて思い浮かぶものの一つに、木のおもちゃや人形があるのではないでしょうか。特にチェコとの国境のエルツ山地(Erzgebirge)はくるみ割り人形やマッチ箱入りのミニチュアを筆頭に木のおもちゃや製品の産地として有名です。その産地の中ほどのグリュンハイニヘン村(Grünhainichen)にヴェント・ウント・キューン社(Wendt & Kühn、以下W&K社)の工房があります。
W&K社は、グレーテ・ヴェントとマルガレーテ・キューンによって1915年にこの村に創立されました。グレーテ・ヴェントはザクセン王立美術工芸大学で学んだ初めての女性でしたが、当時の女性たちの生きる場所は3つのK(Kinder子供、Kücheキッチン、Kirche教会)とされていた時代においては大変な出来事でした。W&K社は1933年頃には800種もの商品をカタログに掲載するまでに成長しましたが、世界的に名が通るきっかけになったのは1937年のパリ国際博覧会でした。ヴェント作の「聖母マリアと天使のオーケストラ」がグランプリと金賞を受賞し、W&K社の愛らしい天使は広く知れ渡ることになりました。当時から続く、天使の笑みをたたえた柔和な表情や、丸みを帯びたふくよかな体つきの中に表現された生き生きとした動きは現在も引き継がれています。
時代を越えて変わらぬテイストの人形たち
小雨のある日、このW&K社の100周年を記念して昨年オープンしたばかりの博物館兼ショップ「ヴェント・ウント・キューンの世界(Went & Kühn-Welt)」および工房を訪問する機会をいただきました。歴史を作ってきた人形たちが並ぶ圧巻の陳列棚やオリジナルのスケッチをはじめ、400色もの色見本、材料や工具が並びます。作業工程の一部は来場者が体験できるようになっており、例えば人形の付いた棒を塗料に浸した後どの程度回して余分についた塗料を振り落とさなくてはいけないのかをシミュレーションで体験できます。一角では職人が絵付けの作業をしており、根気のいる細かい作業を間近で見ることができます。
偶然にも、日本の木製人形作家・伊藤真穂さんが絵付けの修理研修のために2週間滞在していらっしゃいました。伊藤さんは3年ほどおもちゃづくりで有名なザイフェン(Seifen)で修業して木工玩具職人としての認定を受けたそうです。現在は、埼玉県在住でお名前のMahoと木を意味するHolzをかけた「Maholz」を主催し、日本の伝統的なテーマを取り込んだ人形を制作されています。ほっとするようなぬくもりのテイストをザイフェンから受け継ぎ、日本で独自の人形の世界を目指されています。
修理研修を受ける伊藤さん
Wendt & Kühn社<
www.wendt-kuehn.de
横浜出身。2005年からドレスデン在住。ドイツ人建築家の夫と娘と4人暮らしの建築ジャーナリスト。好奇心が向くままブログ「monster studio」公開中。
http://yoyodiary.blog.shinobi.jp/