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「ラインの黄金」から着想を得て 川底から眺める街の歴史

ドイツを代表する作曲家の一人、リヒャルト・ワーグナー。ブラウンシュヴァイク州立劇場ではワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」の公演に際し、その関連企画としてアートイベントを実施。地元のアーティストたちにワーグナーにまつわる作品制作を依頼しました。この作曲家にほとんどなじみのない僕にも声がかかり、映像を作ることになったのです。

先述の通り知識のない僕は、まずはオペラ「ラインの黄金」を観劇することに。公演では、ワーグナーのオリジナルにはない、現代的な解釈によるせりふが2カ所差し込まれていました。すると会場から「やめろ!俺たちはワーグナーを聞きにきたんだ」という叫び声が轟きます。最初は演出の一部かと思いましたが、実際は熱狂的な観客の声だったのです。今も人々を感情的にさせる作品の魅力に、とても驚きました。

さて「ラインの黄金」は、川の底で発見された黄金をめぐって物語が展開します。神々、人間、地底人による壮大なストーリーを、自分たちの足元で展開させたら何が起こるだろうかという着想から、僕は実際に川底での「黄金」探しを始めました。地元の青少年たちと川に漁ると、鍋ぶた、ライター、酒瓶、パイプ、スパナなど、さまざまなものが見つかります。人々の手を離れ、そのまなざしから離れた領域でひっそりと眠っていたものたち。川底で朽ちながら存在し続ける姿に、黄金以上の魅力を感じました。さらに作業中に、第二次世界大戦中に落とされた爆弾がまだ川底に埋まっていることを聞き、驚きました。

子どもたちと一緒に拾い集めた川底の「黄金」子どもたちと一緒に拾い集めた川底の「黄金」

文献を読んで、ナチス・ドイツはワーグナーの作品を好み、国威 (こくい)発揚 (はつよう)のために利用していたこと、そしてブラウンシュヴァイクとアドルフ・ヒトラーには特別な関係があったことを学びました。元々オーストリア人であったヒトラーが初めてドイツで住所を定めたのがブラウンシュヴァイク(その住所を元に彼はドイツで職業を得て、政治家となる)であったということ。現在ショッピングセンターになっている場所で強制労働が行われていたこと。旧市街地としてにぎわっている街角で、政権に不都合とされた本が燃やされたこと。幼少期にヒトラーを実際に見たことがあるというおじいさんからも話を聞くことができ、何気ない風景の中に戦争の爪痕が残されていることを感じました。それは川底に沈んでいた品々を見つけたときのように、人々の頭の中でひっそり佇んでいた記憶に触れていくような感覚でした。

このような経験を元に、僕は映像作品「川から見上げる」を制作。水上での上映会を企画しました。夏の夜の川をいかだで下り、岸辺のスクリーンで映像を観た参加者は、いつもとは少し違う街の景色を体験できたと言っていました。僕自身もこのプロジェクトのおかげで、普段暮らす街の歴史を身近に感じ、それらを次世代に伝えていくことに関心が高まりました。

川底から集めたものを使った作品展示川底から集めたものを使った作品展示

国本 隆史(くにもと・たかし)
神戸のコミュニティメディアで働いた後、2012年ドイツへ移住。現在ブラウンシュバイクで、ドキュメンタリーを中心に映像制作。作品に「ヒバクシャとボクの旅」「なぜ僕がドイツ語を学ぶのか」など。三児の父。
takashikunimoto.net
 
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