ミュンヘン大学(LMU)近くの、ギャラリーや美術館が多く並ぶ地域の一角。テレジアン通り(Theresienstr.)に面したガラス張りのウインドーには、懐かしくもエキゾチックな雰囲気のアート作品がディスプレイされています。ここは2010年から、「日本で今売れている、最も旬な日本人若手アーティスト」の作品を展示販売しているギャラリー、MICHEKO GALERIEです。
画廊というものに対して、私は以前から若干の気後れを感じていました。アートを知らない、ごく普通の人間が、気軽に入っていいところなのだろうか?という、漠然とした不安です。それを、ギャラリーの田中恵子さんは、にこやかに吹き飛ばします。「日本の方は、そう感じることが多いようですが、特別なことと考えなくて大丈夫ですよ」と。
ギャラリーの奥には、木工やガラス、寄木細工、漆などの工芸品が並べられています。グラスや酒器、アクセサリーなどが持つ静寂な雰囲気と繊細な美しさは、高い技術に裏打ちされたものであることが一目で感じられる作品たちです。手前のスペースには、絵画やリトグラフ、写真などが、2カ月クールで展示されます。これぞ!と思ったアーティストと直接話をすることを好む田中さんは、海外での作品発表という彼らの夢を後押しし、顧客との繋がりを築くために、様々な知識や経験を駆使して実務的なサポートを提供しています。
作品を見つめる田中さんの目は温かく、真摯
田中さんのパートナーでオーナーでもあるMichele Vitucciさんは、写真プロダクションの仕事をしていた頃から、写真のギャラリーを開くことが夢でした。日本の写真家の作品には、以前から惹かれていたそうです。その理由を、「ヨーロッパの、“学校”で習うアカデミズムを基礎とする写真とは違うスタイルがある。日本人が日本を撮る目には、ほかの国の人が自国を見るのとは違った、特別な愛情深さが感じられる。それに魅了されたのです」と語ります。また、「ドイツにいる日本人が、ヨーロッパ文化にばかり強い興味を持ち、日本のアートをあまり見ようとしないのは、少し残念に思います。ドイツにいるからこそ、日本にいたら持ち得ない感覚で自国を見ることができるのに」とも。
偶然に、この店舗スペースが空いていることを知り、たった2カ月というスピードでギャラリーをオープンさせた2人ですが、当初は、「興味があることは感じられたが、日本の写真家の作品だけでは、お客の入りも売り上げも、いまひとつ」だったとか。ドイツ人が買い慣れている絵画も扱うようになってからは、目に見えて反応が良くなっていったそうです。
「日本の現代アート」に興味を示すドイツ人は、基本的に日本好きのため、初めは日本独自の視点や文化背景をさらに理解してもらうため、説明に重点を置いていたそうですが、年月を経るにつれ、お客の話を聞くという姿勢に変わっていったとのことです。「訪れる方は、アートを前にして何を感じたか、その場で語りたいのだと思います。そして、共感を得られることに喜びを感じていることに気づきました」と、田中さんは言います。
アートは、国籍も国境も文化の違いも越えて語りかける
「異国に暮らしていて、ふと自分の弱さを感じたりしたときに、現代日本の空気に触れてみてほしいです」。日本の今を感じることができるこのギャラリーで、私も元気をもらいました。
MICHEKO GALERIE: www.micheko.com/ja/
日独の自動車部品会社での営業・マーケティング部門勤務を経て、現在はフリーランスで通訳・市場調査を行う。サイエンスマーケティング修士。夫と猫3匹と暮らし、ヨガを楽しむ。2002年からミュンヘン近郊の小さな町ヴェルトに在住。