ジャパンダイジェスト

心筋梗塞と狭心症

欧米人には心筋梗塞が多いと聞きました。ドイツ暮らしが長くなると、心臓病に罹りやすくなるのかと心配です。

罹りやすい体質はありますか

日本ではもともと心筋梗塞は多くありませんでしたが、最近増えてきたのは食生活や生活様式が西洋化したためと言われています。実際、かつて米国へ移住した日本人は、日本国内の日本人より虚血性心疾患が多かったとの報告があります。一方、白人には心筋梗塞や下肢の血栓(エコノミークラス症候群)が多いのに対し日本人は脳卒中が多いというように、疾病には人種間の違いもあると言われています。

心筋梗塞はどんな病気ですか?

心臓は全身に血液を送り出すポンプの働きをしていますが、心臓自体も、実は冠(かん)動脈と呼ばれる細い血管から栄養や酸素をもらって動いています。この冠動脈の血流が乏しくなっておこる諸疾患を虚血(きょけつ)性心疾患といいます。そして冠動脈が塞がって血流がとだえ、心筋(心臓の筋肉)の一部組織が壊れてしまう病気が急性心筋梗塞です(表1、図1)。発症時には20分以上の激しい前胸部の痛み、吐気、冷汗、息切れなどがみられます。命にかかわる病気で緊急の治療を要します。安静時や就寝中に起こることが少なくありません。

表1 心筋梗塞と狭心症
  急性心筋梗塞 労作時狭心症
原因 冠動脈がふさがる 冠動脈がふさがる
心筋のダメージ 冠動脈に養われている範囲がダメになる 変化なし
痛み 激しい胸痛 締めつけられる感じ
胸痛の持続時間 20分〜数時間 多くは2〜3分
発症の時間帯 安静時や就寝中、午前中にも多い 労作時
生命への危機 非常に高い 直接的にはない
治療 早期診断、専門医による早期治療が必須 発作時には冠動脈拡張剤を使用。内科的治療や外科的な血行再建術も有効

プラークと血管の狭小化
左)プラークにより狭くなった血管の内腔。労作時の血流が不十分で狭心症の原因となったりします。
右)プラークが破裂して血栓により塞がってしまった血管の内腔。急性心筋梗塞の原因です

狭心症とは?

冠動脈が動脈硬化や痙攣により細くなったために血流が悪くなり、一時的に心筋への酸素供給が減って起こるのが狭心症です(図1)。心筋梗塞と違って心筋の組織は破壊されず、時間がたてば元にもどる虚血性心疾患です。

胸の中央部が締めつけられるような痛みが特徴で、発作は2~3分間ほど続きます。左肩から左上腕の痛みとして感じられることもあります。普通は労作時狭心症といって、走ったり階段を登った時などの活動時に起こります。治療には冠動脈を瞬時に拡張する亜硝酸剤、ニトログリセリンを使います。

死亡するケースが多いですか

日本では年間7万人もの人が虚血性心疾患で亡くなっています。がんで亡くなる人は年間30万人、脳卒中は約13万人と言われています(平成13年の人口動態統計より)。虚血性心疾患の患者数は全国で約100万人いるとの推定もあります。

発症の前兆のようなものはありますか?

冠動脈が細く危険な状態になっていても、通常はほとんど自覚症状がありません。しかし、心臓に慢性的な血流障害があると心電図(ドイツ語でEKG)には酸素不足の変化が現れます。通常の心電図では異常がなくても、24時間心電図(ホルターEKG)で見つかることもあります。発症してからで は遅いので、40歳以上になったら定期的に心電図でチェックすることをおすすめします。

糖尿病患者は心臓病になりやすい?

糖尿病では全身の血管の老化が進みやすくなります。そうすると当然、虚血性心疾患が発生する頻度も糖尿病でない人の場合より多くなります。糖尿病が進むと、末梢神経障害により知覚が鈍麻して典型的な狭心痛を感じなかったり、知らない間にたくさんの小さな梗塞巣が出来ていたりします。糖 尿病の人は血糖の検査だけでなく、定期的に心電図の検査を受けることが大切です。

若い人は心配ないのでしょうか

虚血性心疾患は年齢が高くなるほど発症頻度も高くなる成人病の1つで、昔は50~60歳以上に多い病気でした。しかし最近では30歳代の若い人でも虚血性心疾患を煩う人が出てきました。これは、プラークと呼ばれる血管壁中の脂肪の固まりが疾患の原因となっているからです。

プラークってなに

心筋梗塞で亡くなった人の冠動脈を調べてみると、中に血 の固まり(血栓)が詰まっているのがみられます。この血栓 はどこから来たのでしょうか。実は血栓のすぐ傍に見つかる 脂肪の固まり、すなわちプラークが原因です。

プラークは、血液中の悪玉コレステロールが次第に血管壁 の内側から取り込まれて形成されます。急性心筋梗塞は、冠動脈内のプラークが破裂または損傷してできた血栓が、冠 動脈を閉塞してしまうために起こります(図2)。急性心筋 梗塞のほかにも、同 じ過程で発症する虚 血性心臓突然死、不 安定狭心症を総じて 「急性冠症候群」と呼んでいます。

不適切な生活習慣 により冠動脈内に破 裂しやすい不安定な プラークができると、 30歳代の若い人で も、いつ心筋梗塞が 起きても不思議では ありません。

プラークが破裂して血栓ができるまで
製薬会社パンフレットより抜粋引用

心筋梗塞の治療は?

急性心筋梗塞は適切な対処が一刻を争う病気です。患者の1/4が発症直後か病院到着前に亡くなると報告されています。そのため自覚症状や心電図所見、血液検査などを基にした専門医による早期治療開始が決め手となります。抗血栓療法や冠動脈形成術などの開始が早いほど予後改善が見込めます。血栓溶解療法は発症後12時間を過ぎるとほとんど効果がなくなると言われています。

狭心症の治療は?

先述の亜硝酸剤やニトログリセリンが効果的です。よく発作を起こす人は薬を携帯し、発作時に服用します。何度も発作を繰り返す人や冠動脈造影検査で冠動脈の狭まり方が著明な人は、血管内で風船を膨らまして血管を拡げたり、ステントという管を入れて血管を拡げてやります。また、自身の静脈を心臓に移植して血流を正常に戻すバイパス手術も広く行われています。

予防法はありますか

● 血管内にプラークを作らないようにコレステロール値を正常に保つ 
● 血管壁の肥厚で血管の内腔が狭くならないように血圧を正常に保つ 
● 心臓に負担が掛からないように一定体重を保つ 
● 冠動脈の収縮をきたす喫煙をさける 
● 糖尿病にならないように食生活に注意し、適度な運動を平素から取り入れる
● 急に怒ったり、興奮したりしないようにする
● 過労を避け、適当に息抜きする。

以上を心掛けてください。

西洋式の生活はダメ?

日本がそれほど豊かでなかった頃、脂肪に富んだ食事と車を多用する生活を欧米の生活様式(ライフスタイル)と呼びました。ただし誤解してはならないのが、美食と運動不足が西洋のライフスタイルではないということです。ご存知のようにドイツ人はとてもよく歩きます。週末になると家族で自転車に乗っている人も多く見かけますし、スポーツも盛んです。確かに多く食べ、体を動かさなければ生活習慣病になりますが、ドイツで生活しているからといって心臓病になりやすいという訳ではありません。食べたら体を動かす、という基本は世の東西を問わず同じでしょう。

表2 虚血性心疾患の増悪因子
悪影響の因子 影響 どうしたらよいか 基準値
高コレステロール プラークが出来やすくなる 脂ものを控える 総コレステロール200mg/dl未満
高血圧 血管壁が内側に厚くなり内腔が狭くなる。血管の柔軟性がなくなる。 塩分を控え、血圧をコントロールする 収縮期 140mg/dl未満 拡張期 90mg/dl未満
タバコ 冠動脈を一時的に細くし血流を悪くする 思い切ってやめる なし
太りすぎ 心臓にかかる負担を大きくする 適切な体重に減量する BMI 25未満
BMI=体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)
 
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馬場恒春 内科医師、医学博士、元福島医大助教授。 ザビーネ夫人がノイゲバウア馬場内科クリニックを開設 (Oststraße 51, Tel. 0211-383756)、著者は同分院 (Prinzenallee 19) で診療。

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