ジャパンダイジェスト

ハノーファーメッセに見るインダストリー4.0の世界

4月23日から5日間にわたり、世界最大の工業見本市ハノーファーメッセが開催された。131ヘクタールという広大な敷地に26の展示館が設置され、75カ国から約5800社の企業、研究機関などが出展した。展示館だけでも、49万6000平方メートルという広さ。今年も全世界から約21万人のビジネスマン、ジャーナリスト、技術者、研究者、市民らが訪れた。

インダストリー4.0のショーウインドウ

ドイツ政府と産業界は2011年以来、製造業のデジタル化プロジェクト、インダストリー4.0とスマートサービスを進めている。ハノーファーメッセはその進捗度を知るためのバロメーターである。2011年にドイツ連邦教育科学省、ドイツ工学アカデミー、人工知能研究センターが初めてインダストリー4.0宣言を行ったのも、同メッセ開幕の直前だった。それ以来インダストリー4.0とIoT(物のインターネット)は、毎年ハノーファーメッセの中心的なテーマとなっている。

ハノーファーメッセ
ハノーファーメッセは製造業デジタル化のショールームだ(筆者撮影)

今年の見本市でも、デジタル・プラットフォーム、スマート工場、人工知能、バーチュアル・リアリティー(VR)を使った製造プロセス、コボット(コラボレイティヴ・ロボット=限られた機能だけを持つ小型のロボット)などが展示の中心となった。見本市の会場では、人間に代わって、目にも止まらぬ速さで部品を組み立てるロボットのアーム(腕)や、工場内を自動的に走り回って部品や完成品を運ぶ箱形のロボットなどが展示されていた。人間の腕の動きに連動して、部品などをつかむロボット・アームも見かけた。目に見えにくいIoTを視覚化して訪問者にアピールするためだ。

「独はデジタル化の試練を乗り切る」

ハノーファーメッセの主催者であるドイッチェ・メッセ社のヨッヘン・ケックラー社長は、「今年の展示の中心的なメッセージは、テクノロジーが人間と競争するものではなく、人間を補佐するものだということです。ハノーファーメッセは、今や製造業のデジタル化の現状を知るためのホットスポットになったということができるでしょう」と語っている。

アンゲラ・メルケル首相も会場で行った演説の中で「ドイツは過去の産業革命の波を乗り切ったのと同様に、デジタル化と自動化による試練を乗り切るでしょう。現在ドイツの雇用状況は極めて良好であり、中規模企業(ミッテルシュタント)は高いイノベーション力を誇っていますが、政府は今後企業の技術開発を税制上の優遇措置によって、さらに支援します」と述べ、政府がデジタル化関連技術の発展をさらに強力に後押しする方針を明らかにした。

出展企業にとってハノーファーメッセは、インダストリー4.0に関連技術を応用した製品やサービスの進捗度、成熟度を競う場となっている。確かに大企業は、インダストリー4.0を急速に実用化しつつある。たとえばハノーファーメッセで毎年最大の展示スペースを誇るシーメンスは、自動車や航空機のメーカー、化学産業が、IoT技術による「デジタルの双子」(本当の製品をデジタル空間にコピーした物)を製造プロセスに活かしている実例を紹介し、多くの訪問者の注目を集めていた。ボッシュ・レクスロートやSEWユーロドライブ、フアウエーのように、展示ブースに未来の自動化工場の一部を再現して、訪問者のためにデモンストレーションを行う企業も多かった。これらの企業では、工場や製品に取り付けられたセンサーが情報をリアルタイムでメーカーに送り、メーカーがビッグデータを分析して新しいサービスを提供するというプロセスは遠い未来の物ではなくなりつつある。

連邦政府がミッテルシュタント支援

ただし大企業に比べると、中規模企業(ミッテルシュタント)ではデジタル化の動きが遅れている。ドイツの企業数の99%を占めるミッテルシュタントが参加しなければ、インダストリー4.0は成功したことにならない。今回の見本市では、連邦政府がミッテルシュタントに強力な支援を行っていることも感じた。

私はドイツ連邦経済エネルギー省と連邦教育科学省がトップに立つ推進団体「プラットフォーム・インダストリー4.0(PI4,0)」のブースを訪れた。PI4,0のヘンニヒ・バンティエン氏は、「ミッテルシュタントの経営者が、インダストリー4.0に関する投資を行う前に具体的な実験やテストを行えるように、我々はラブ・ネットワーク・インダストリー4.0という枠組みを提供し、研究機関や大学での実験を行えるようにしています」と語り、政府が中小企業への知識の伝達を重視していることを明らかにした。

バンティエン氏は「現在ドイツでは好景気が続いている上に輸出が好調なので、多くのミッテルシュタントでは受注状況が極めて良好です。したがってミッテルシュタントから『現在成功している我々のビジネスモデルを、なぜインダストリー4.0によって変えなくてはならないのか』という声が出るのは当然のことです。我々の仕事の1つは、長期的にデジタル化の流れに適応していくことの重要性を企業経営者に理解してもらうことです」と語った。

ドイツは日本以上に見本市が盛んな国である。その利点は、1カ所に多数の企業が集まっているので多くの人々と気軽に情報交換を行ったり、新しい製品や技術に触れたりすることができることだ。会場はネットワーキングのチャンスで溢れている。インダストリー4.0や物づくり産業に関心のある方には、是非一度ハノーファーメッセに足を運ぶことをおすすめする。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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