ジャパンダイジェスト

温暖化に歯止めはかかるか? CO2税をめぐる激論

日本とは異なり、ドイツでは地球温暖化と気候変動が最大の政治的課題の1つとなりつつある。そのなかで焦点となっているのが、二酸化炭素(CO2)の排出について税金をかけるべきかどうかという議論である。

CO2税が課されるようになれば、国民への負担緩和が不可欠だ
CO2税が課されるようになれば、国民への負担緩和が不可欠だ

CDU党首はCO2税に反対

連邦環境省のシュルツェ大臣や社会民主党(SPD)は、ガソリンなど化石燃料の消費に対し、CO2税をかけることを提案している。高い税金をかけることで、化石燃料を消費する市民や企業の数を減らすのが狙いだ。その価格は、CO2の排出量1トンあたりにつき20ユーロ前後になると見られている。だがCO2税は、車を毎日使って職場に通勤している市民や、19世紀に建てられた密閉性の悪い建物に住んでいるために冬に暖房をフル稼働させなくてはならない市民にとっては、支出を増やすことにつながる。

このためキリスト教民主同盟(CDU)のクランプ=カレンバウアー党首は5月4日に「CO2税は、所得が低い市民にとって大きな負担になる」として反対する姿勢を打ち出した。米中貿易摩擦の影響で、景気の先行きについて不安が増す今日、新たな税金の導入は消費者心理にとってマイナスになる可能性もある。これに対してCDUのアルミン・ラシェット副党首は「われわれはCO2削減のための努力を強めなくてはならない。あらゆる選択肢について検討すべきだ」と述べ、CO2税を除外すべきではないという態度を示した。

CO2排出権取引の拡大も選択肢の1つ

クランプ=カレンバウアー党首は、EUが行っているCO2排出権取引(ETS)を拡大するべきだという考えを持っている。現在エネルギー業界と産業界は、CO2排出のために排出権を購入しなくてはならない。クランプ=カレンバウアー氏は、これを交通や暖房などほかの領域にも拡大するべきだと考えているのだ。

ETSは2005年に導入されたが、CO2排出量の削減に大きく貢献しなかった。その理由は、市場で排出権の量がだぶつき、供給過剰の状態が続いたからだ。1トンあたりの排出権価格は、長年にわたり5ユーロ前後の水準で低迷していた。だがEUと欧州議会が2017年11月に市場の排出権の量を減らす方針を明らかにして以降、1トンあたりの排出権価格は約20ユーロに上昇。ETSを拡大すると自動車の運転や旅客機の利用、貨物船による物資の輸送などについてもCO2排出権の購入が必要になる。CO2税、排出権のどちらの道を選ぶにせよ、化石燃料消費のためのコストが今後上昇することだけは間違いない。

現在ドイツ政府は、ポツダム気候影響研究所のエーデンホーファー所長とRWI研究所のシュミット所長に対して、CO2価格の設定やその経済への影響について鑑定書の作成を依頼している。エーデンホーファー所長はパリ協定の目標を達成するには、1トンあたりのCO2価格を60~80ユーロに引き上げる必要があると主張。彼は「褐炭火力発電所や石炭火力発電所を停止するだけでは、CO2排出量を大幅に減らすことはできない。その理由は、卸売市場での電力価格が上昇して、褐炭・石炭火力の収益性が向上するので、ほかの会社が化石燃料をより多く消費するからだ」と説明する。褐炭・火力発電所の使用をやめた電力会社はCO2排出権を市場で売るので、排出権の価格も下がる恐れがある。エーデンホーファー氏は、市場だけに任せていたらCO2の本格削減はできないので、国家が価格を極端に引き上げる必要があると考えているのだ。

税収の大半を市民に還元へ

エーデンホーファー氏は、CO2税を導入する場合には、税収の大半を市民に還元することで経済的負担を緩和すべきだと主張。還元方法は、電力税の大幅な引き上げやクーポン券の配布などさまざまな形式が検討されている。例えば1トンあたりのCO2排出に60ユーロの税金をかける場合、国民1人につき毎年162ユーロを還元する。スイス政府はすでにCO2排出量1トンにつき80ユーロの税金を徴収しているが、健康保険などを通じ税収を国民に還元している。

環境保護のための価格引き上げは政府にとって両刃の剣であり、慎重な判断が必要だ。例えばフランスでマクロン政権が昨年11月に、「2019年1月からガソリンや軽油の価格を引き上げる」という方針を発表したところ、 市民たちが全国で抗議行動を行った。パリでは一部の参加者が暴徒化したため、マクロン大統領は価格の引き上げを撤回せざるを得なかった。この抗議デモは今なお散発的に行われており、政府の権威を著しく低下させた。

CO2価格についての国民的合意が重要

ドイツの公共放送局ARDが今年5月2日に発表した世論調査結果によると、回答者の81%が「地球温暖化に歯止めをかけるための努力を強めなくてはならない」と考える一方で、「CO2税の導入には反対だ」と答えた人の比率は62%に上っている。市民は気候変動の悪影響について懸念を強めてはいるものの、地球環境保護のために可処分所得が減ることを恐れているのだ。政府が一方的に市民の負担を増やした場合、政府に対する不満が高まって、右派ポピュリスト政党の下へ走る有権者が増える危険もある。このためドイツがCO2価格を設定する際にも、同時に負担の緩和措置を打ち出すことが不可欠である。石油燃料を使うことのコスト引き上げの是非についてじっくりと議論を行い、国民的合意を生む出すことが必要だろう。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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