欧州最大の自動車メーカー、フォルクスワーゲン(VW)が不正なソフトウエア(ディフィート・デバイス)を使って米国の窒素酸化物(NOx)規制をくぐり抜けていた問題は、戦後最悪の企業スキャンダルの一つだ。
故意による法令違反
ドイツだけでなく欧州や米国をみても、これだけ根が深く、大規模な不祥事は起きたことがない。VWのスキャンダルは、部品の欠陥などを見過ごしてしまったというたぐいの不祥事ではない。エンジニアが、自分たちの技術では監督官庁の規制をクリアできないとして、違法なソフトウエアによって「故意」に規制逃れを行った、悪質な法令違反である。今年9月に米国の環境保護局(EPA)が暴露した不正ソフトが搭載されていた自動車の数は900万~1100万台に上り、同社は来年1月からリコールを開始する。
ガソリン車にも飛び火
VWは11月3日、同社が連邦自動車局(KBA=日本の運輸局に相当)から自動車の認可を受ける際に、二酸化炭素(CO2)の排出量を実際よりも低く申告していたことを、自ら明らかにした。NOx不正をきっかけに始まった同社の内部調査の過程で、CO2不正が見つかったのだ。同社は「1キロ走るごとに排出するCO2の量は90グラム」と申告していたが、実際には131グラムのCO2を排出しており、欧州連合(EU)の基準値に違反していることが分かった。
CO2の値が過少に申告されていた自動車の数は、80万台に上る。しかも、その中にはガソリン・エンジンを搭載した自動車が約9万8000台含まれている。つまり、VWの排ガス・スキャンダルは、ディーゼル車からガソリン車にまで広がったのだ。
VWは、これらの自動車のリコール費用として、20億ユーロ(約2700億円・1ユーロ=135円換算)の引当金を計上。同社はEPAから指摘されたNOxをめぐる不正のために、すでに65億ユーロ(約8775億円)のリコール費用を計上していた。
ドイツのメディアは、「CO2不正の発端がヴィンターコルン前CEO(最高経営責任者)の過大な要求にある」という、VWのエンジニアらの見方を報じている。ヴィンターコルンは、2012年に「15年までにCO2の排出量を30%減らせ」と命じたが、エンジニアたちは「技術的な限界のために、不正行為なしには、この目標の達成は不可能だ」と考えた。そこで技術陣は、13年頃から、検査場での排ガス検査の際のタイヤの空気圧を通常よりも高くしたり、自動車のオイルに軽油を混ぜたりすることによって、テストのときだけCO2排出量が少なくなるような工作を行ったという。
ユーザーの信頼感に傷
ドイツでは2009年以降、車両税を計算する際に、CO2の排出量も基準の一つとして使われている。このため、問題の80万台の車両については、CO2排出量がVWによって少なく申告されたので、徴税された車両税の額が不足していたことになる。連邦財務省は、「VWの不正のつけをドライバーに払わせるのは酷だ」として、法律を改正し、VWから車両税の不足額を追徴する方針だ。
CO2不正は、監督官庁のずさんな態勢をも明らかにした。KBAは、VWが提出した偽りのデータを独自に検査せず、鵜呑みにしていたのだ。
高級ディーゼル車にも飛び火?
VWが直面している新たな疑惑は、これだけではない。EPAは11月2日、「VWグループに属するアウディやポルシェの高級ディーゼル車約1万台についても、不正ソフトウエアによって、NOxの試験場での排出量を路上走行時よりも低く見せる工作が行われていた」と指摘した。EPAが新たに不正を指摘したのは、2014~16年までに発売された、ポルシェ・カイエンやアウディA6クワトロ、VWトウアレグなどの3リッターエンジン搭載車。カイエンなどは価格が高く、VWグループにとっては重要な収益源だ。また、これまでNOx不正が指摘されていたのは、2リッター以下のエンジン搭載車だった。
この発表は、VWにとって寝耳に水であった。同社は、「EPAが指摘したポルシェやアウディなどの自動車に、不正ソフトを使ったことは一切ない」として、疑惑を全面的に否定している。
DIW「費用総額は1000億ユーロに」
最初の疑惑の解明も終わっていないうちに、新たに2つの疑惑が浮かび上がったことは、VWの経営陣にとっては痛手である。VWは、特別監査チームのほかに米国の弁護士事務所も投入して内部調査を行っているが、「疑惑の解明には数カ月かかる」としている。ヴィンターコルン前CEOなど、経営陣が不正行為を知っていたかどうかが、調査の焦点の一つとなる。
ドイツ経済研究所(DIW)のフラッチャー所長は、「米国の監督官庁の罰金や、株主からの損害賠償訴訟なども考慮に入れると、VWにのしかかるコストは、最悪の場合1000億ユーロ(13.5兆円)に達する。これはドイツのGDPの約3%に相当する」という、悲観的な見方を明らかにしている。
VW、KBAや連邦交通省は、失われた信頼感を回復するために、不正の全容を1日も早く解明して発表するとともに、チェック体制を強化すべきだ。さもなくば、「メイド・イン・ジャーマニー」の栄光が泣く。
20 November 2015 Nr.1014