「Wutbürger」という単語がある。「激怒する市民」という意味だが、今年の世相を象徴する言葉だ。リビアやチュニジアなどアラブ諸国で市民の反政府デモが多発し、一部の国々では独裁政権が転覆したからである。最近では、欧米諸国でも市民によるデモが頻繁に起きている。だが米国やドイツで怒りの矛先を向けられているのは、銀行を始めとする金融業界だ。
ニューヨークでは「ウォール街を占領せよ」という団体が、マンハッタン南部の金融街でデモを繰り返し、100人を超える市民が警察に逮捕された。10月中旬には、銀行の高層ビルが林立するフランクフルト・アム・マインで数万人が「資本主義に歯止めをかけよう」と気勢を上げた。ローマではデモ隊が警官隊と衝突し、車や商店に放火した。
サブプライム危機、そしてリーマン・ショックは、多くの市民から老後のための貯えや不動産を奪った。一方、国の支援によって破たんから救われた欧米の銀行の取締役や、投資銀行のディーラーたちはリーマン・ショックのために失職しても、雇用契約に基づいて数億円単位の退職金を手にした。昨年業績を回復した欧米の銀行では、幹部たちに対して多額のボーナスが支払われている。契約は契約だが、強い不公平感が残る。
銀行が苦境に陥るのは、ほとんどの場合、経営陣の判断ミスが原因だ。しかし大銀行が倒産すると、世界経済全体に甚大な悪影響が出るので、政府は国民の税金を投じて救済せざるを得ない。
ノーベル経済学賞を受けたジョーゼフ・ステグリッツは、「利益は個人のポケットに入り、損失は社会全体が支払う。こういったシステムでは、ずさんな経営が発生しやすい」と指摘している。現在世界中で銀行に対してデモを行なっている市民たちは、この不公平なシステムの変革を求めているのだ。
公的債務危機が深刻化する中、ギリシャの破たんに備えて欧州委員会は、大銀行に対して自己資本を強化することを義務付ける方針だ。フランスやドイツの銀行はギリシャの国債を買って多額の金を貸している。ギリシャが支払い不能に陥った場合、銀行が国債の購入によって貸した金の内、一部は返って来ない。これを銀行が損金処理すると、自己資本が減る。つまりギリシャの倒産が、銀行破たんにつながらないように、EUは資本増強を義務付けようとしているのだ。米国政府はリーマン・ショックの直後、大銀行の連鎖倒産を防ぐために、半ば強制的に公的資金を注入して金融システムの安定化に成功した。つまり市民が金融業界に対して抗議しているのは、再び政府による銀行支援・救済の必要性が浮かび上がっているからである。
社会民主党(SPD)のガブリエル党首は、「投資銀行部門と、市民の預金を預かる商業銀行を切り離して、投資銀行部門には多額の資本金の準備を強制するべきだ」と提案したが、与党側からもこれに賛成する声が出ている。一方、銀行業界にとって、投資銀行業務は最も重要な収益源なので、SPDの提案には強硬に反対するだろう。
今回の債務危機の一因は、欧州通貨同盟の加盟国が様々な基準に違反しても、厳しい制裁措置を課さず、基準を甘くしてきたEUにもある。ギリシャが改ざんしたデータを使ってユーロ圏に入ったことがわかっても、欧州委員会は厳しく罰しなかった。この態度が、安全な投資対象と信じられてきた国債を、不良債権に変えた。市民の抗議は銀行業界だけでなく、ブリュッセルの欧州委員会に対しても向けられるべきだ。
28 Oktober 2011 Nr. 891