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「S 21」の教訓

2年前からバーデン=ヴュルテンベルク州を揺るがしていた、シュトゥットガルト中央駅の近代化プロジェクトをめぐる論争に決着がついた。11月27日に同州で行なわれた住民投票で、投票者の58.8%が建設工事続行に賛成したのである。興味深いことに、一時激しい抗議デモが繰り広げられたシュトゥットガルト市でも、回答者の半数以上が、工事の中止に反対した。

メルケル首相をはじめ、シュトゥットガルト21(S21)計画の推進派だったキリスト教民主同盟(CDU)など保守勢力とドイツ鉄道(DB)は胸をなでおろし、批判的な立場を取っていた緑の党のクレッチュマン州首相や環境団体は落胆の意を表した。

日本人の中にはS21論争について、「駅を近代化することが、なぜ悪いのか」と首をかしげた人もいると思うが、バーデン=ヴュルテンベルク州の市民たちはドイツの報道機関の予想に反して、常識的な判断を行なった。元々シュヴァーベン地方には、勤勉で節約を重視する、保守的な人が多い。そのメンタリティーを考えれば、彼らが現実的な決定を下したことは理解できる。

S21は、いくつかの教訓を我々に与えてくれた。まずドイツでは、州議会が承認した大規模プロジェクトでも、建設費用の高騰などが明らかになった場合、市民の抗議デモなどによって工事が中断され、多額の経済損害が生じる危険があるということだ。S21は中止に追い込まれなかったものの、建設プロジェクトが大幅に遅れたことは間違いない。

今後、州政府や企業は、大規模なプロジェクトには議会だけでなく、早い時期から住民や環境団体を参加させ、場合によっては住民投票を実施することが必要になるだろう。S21の経験に基づいて、これからドイツでは隣国スイスほどではないにせよ、住民に直接決定させる「直接民主主義」が増えていくに違いない。

脱原子力を決定したドイツでは、再生可能エネルギーで作られた電力を北部から南部へ送るための高圧送電網の建設が急務となっている。また再生可能エネルギーの比率が高まるまでの過渡期のエネルギー源として、石炭や天然ガスを使う火力発電所の建設も必要だ。しかし、どちらのプロジェクトも住民の反対によって建設工事が遅れている。

S21の経験は、これらのプロジェクトについても住民への積極的な情報公開が極めて重要なこと、そして時には住民投票によって直接民意を問うことが必要なことを教えている。政府や電力会社は、受け身の態度ではなく、能動的なキャンペーンを行なわなければ、住民の理解は得られない。

S21で、環境保護主義者だけではなく、シュトゥットガルトの多くの市民を激怒させたのは、バーデン=ヴュルテンベルク州の前首相マップス氏(CDU)の傲慢な態度だった。昨年9月30日に、マップス氏はデモの参加者に対して機動隊を投入し、警官の暴力、放水や催涙ガスによって約400人の市民にけがを負わせた。言語道断である。

今年3月に行なわれたバーデン=ヴュルテンベルク州議会の選挙でCDUが初めて大敗し、政権交代が起きた背景には、福島事故によって反原発ムードが盛り上がったことだけではなく、S21をめぐるマップス氏の強引な態度に対する市民の反感もあった。民主主義社会での利害の対立を解消する手段は、あくまで対話であり、暴力であってはならない。S21は、アラブ諸国で政府に対して抗議デモを繰り返す「怒れる市民(Wutbürger)が、ドイツにも数多く存在することをはっきりと示した。

ドイツ社会の決定プロセスは、S21によって今後大きな影響を受けることになるだろう。

9. Dezember 2011 Nr. 897

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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