昨年3月11日に福島第1原発で起きた炉心溶融事故は、1986年のチェルノブイリ事故以来、世界最悪の原子力事故となった。西側の先進工業国で「レベル7」の過酷事故を起こしたのは、日本だけである。
IAEA(国際原子力機関)などの国際機関や外国のメディアは、日本政府の原子力規制がずさんだったことを、事故の間接的な原因の1つとして指摘している。特に原子力を規制し安全を確保するべき原子力安全・保安院が、原子力を推進する経済産業省の傘下にあったことは、大きな問題だ。規制当局が原子力推進の旗振りをする役所の傘下にあったら、批判的な立場から実効力のある規制を行うことは難しい。
英国のエコノミスト誌は、「人体に有害な放射性物質を扱う原発を安全に運営するには、規制当局が常に批判的な質問をすることが必要。さもなければ安全性の文化(Safety Culture)は確保できない。日本にはこの安全性の文化がなかった」と指摘している。
ドイツ政府は、チェルノブイリ事故が起きた1986年に環境省を創設して、原発の規制と安全管理を担当させた。それまでは、環境行政に関する権限が内務省、厚生省、農業省に分散していたため、効率が悪かった(原子力の安全確保は、当初旧原子力省の流れをくむ科学研究省が担当していたが、70年代に管轄が内務省に移されていた)。政府はチェルノブイリ事故がドイツにもたらした放射能汚染を重く見て、原発の規制と安全確保をより効果的に行なうために、新しい省を作ったのである。一方、原子力を含むエネルギー政策全体については、経済技術省が担当していた。つまりドイツは福島事故の25年前から、すでに経済省から独立した原子力規制官庁を持っていたのだ。
またドイツの州政府が原子力行政の中で持っている権限は、日本の都道府県知事に与えられている権限とは比較にならないほど大きい。例えば原子炉の運転許可は、原則として連邦政府ではなく、発電所がある州政府の規制官庁が与える。つまり、州政府は電力会社から原子炉の運転許可を剥奪することもできるのだ。ある電力会社が原発の所長にある人物を任命しようとしたところ、州政府が「適格性に欠ける」として突っぱねたこともある。
連邦環境省が担当しているのは、国全体に関わる原子力規制、さらに各州の原子力規制に関する基準に統一性があるかどうかを監視することである。原発を運営する大手電力会社は、連邦政府と州政府による二重の監視体制の下に置かれているのだ。
福島事故以降、日本政府も原子力規制官庁を経済産業省から外して環境省の外局とし、独立性を高める方針だ。このことは大いに歓迎されるべきだが、福島事故から1年以上が経った今でも原子力規制庁が発足していないのは困ったことである。本来は4月1日にスタートを切るはずだったが、野党が「環境相の傘下に置かれるのでは、原子力規制庁の独立性がまだ十分ではない」として、規制庁を公正取引委員会のような国家行政組織法三条に基づく委員会(三条委員会)にすべきだと主張しているからだ。
政府は一刻も早く対案を示して野党を説得し、原子力規制庁を発足させて欲しい。規制庁がスタートしないので、内閣府原子力安全委員会の班目春樹氏ら、福島事故発生以前からの「原子力規制メンバー」は新年度が始まっても留任している。斑目氏は、当時の菅首相から「原子炉建屋が爆発することはないのか」と尋ねられて「窒素が充填されているから爆発はあり得ません」と答えたものの、直後に爆発が起きたため、首相の前で「あー」と言って頭を抱えるしかなかった人物。
日本の原子力規制が「安全性の文化」を本当に確立できるかどうか、世界中が見守っている。
4 Mai 2012 Nr. 917