ジャパンダイジェスト

欧州中銀とドイツの対決

今年9月6日、欧州中央銀行(ECB)は歴史に残る決定を行なった。ECBのマリオ・ドラギ総裁が、イタリアやスペインの要求を受け入れて、債務危機に苦しむユーロ圏加盟国の国債を無制限に買い取ることを正式に発表したのだ。

ECBによる国債買い取りは、 新しいことではない。ECBは2010年以降、ギリシャなどを支援するために国債をすでに2000億ユーロ(20兆円)相当も買い取ってきた。しかし、ユーロ危機は収束するどころか悪化する一方である。

このためドラギ総裁は、今回初めてECBの国債買い取りに厳しい条件を付けることを明らかにした。債務過重国の政府が、ECBによって国債を買い取ってもらうには、欧州委員会、ECB、国際通貨基金(IMF)による厳しい審査を受け、歳出削減や増税、経済改革などの条件を受け入れなくてはならない。つまり債務過重国は、EUの緊急融資機関であるEFSF・ESM(欧州金融安定基金・欧州金融安定メカニズム)による援助を求める時と同じように、国際機関による「拘束衣」を着せられるのである。債務過重国の政府が欧州委員会による緊縮策などを履行しない場合には、ECBは国債の買い取りを打ち切る。

しかしこの決定は、欧州最大の経済パワーであるドイツには悪いニュースだ。多くのドイツ人にとって、この決定はEU法に違反する行為だ。この国の経済学者たちは、「ECBによる国債買い取りは、リスボン条約の第123条で禁止されている」と考えている。ECBはユーロ圏加盟国の拠出金で運営されているので、ギリシャなど債務過重国が破たんした場合、ECBが持つ国債は無価値になり、最終的には各国の納税者が損失を被る。

この日、フランクフルト・アム・ マインで開かれたECBの理事会では、27人の理事の中でドイツ連邦銀行のイェンス・ヴァイトマン総裁だけが反対票を投じた。

ドイツ連邦銀行のスポークスマンが、ECBの決定が発表された直後に発表したコメントによると、ヴァイトマン総裁は「国債買い取りは、中央銀行が紙幣を印刷することによって、国家に融資を行うことと同じだ。これでは、通貨政策が財政政策の僕(しもべ)となり、通貨の安定性を確保するという中央銀行の任務が損なわれる。ECBの国債買い取りは、ユーロ圏加盟国の納税者に莫大なリスクを負わせることになる」と述べ、ECBの決定を批判した。

ECBの決定を、ユーロ圏加盟国の中央銀行の総裁が公に批判するのは、異例のことだ。ヴァイトマン氏の発言は、「ユーロ危機のために多額の負担を迫られるのではないか」というドイツ市民や財界の危惧を反映している。多くのドイツ人は、ユーロ圏内にお金が溢れることによって、インフレの傾向が強まるのではないかと懸念している。ドイツ人の間で今、不動産投資がブームになっているのは、通貨価値の下落に対する恐れからである。

これに対してドラギ総裁は「リスボン条約の第123条で禁止されているのは、ECBがユーロ圏加盟国から直接国債を買い取ることだけだ。ECBが、マーケットで国債を持っている投資家から間接的に国債を買い取ることは許されている」と述べ、今回の決定の正当性を強調した。

キリスト教社会同盟(CSU)などドイツの保守層は、「ECBによる国債買い取りは極めて危険だ」として、メルケル政権に対して、この決定の取り消しを求めて欧州司法裁判所に提訴するよう要求している。ユーロ危機がECBによる国債買い取りによって解決すると考えるのは、あまりにも気が早過ぎるだろう。

21 September 2012 Nr. 937

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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