今年9月のドイツ連邦議会選挙の重要な争点の1つは、所得格差の是正だ。わかりやすく言えば、「所得が多い市民への課税を増やして、所得が低い人に再分配する」ということだ。このため、政権への参加を狙う社会民主党(SPD)と緑の党は、高所得層への課税を強める方針を明らかにし、庶民の浮動票を確保する作戦に乗り出している。
最高税率を49%に引き上げ?
例えば今年3月末にSPDの首相候補P・シュタインブリュック氏は、政権に就いた場合、所得税の最高税率を現在の42%から49%に引き上げる方針を打ち出した。SPDの提案によると、課税対象となる年間収入が6万4000ユーロ(768万円・1ユーロ=120円換算)以下の市民については、これまで通りの税率が適用される。しかし、この額を超える市民については徐々に税率を引き上げ、年収が10万ユーロ(1200万円)を超える市民については、49%の所得税率が適用される。
緑の党は、高所得者にとってさらに厳しい税制を提案している。同党の提案によれば、課税対象となる年収が8万ユーロ(960万円)を超えると、49%の所得税率が適用される。最高税率が適用される額が、SPDよりも2万ユーロ低いのだ。より多くの市民が、最高税率の網に掛かることになる。
さらに緑の党は、期限を設けて資産税を導入したり、相続税を大幅に引き上げたりすることも提唱している。同党は税収の増加分を、学校や幼稚園、託児所の整備、公共債務の削減などに当てることにしている。
同党の首相候補J・トリッティン氏は「ドイツに住む納税者の90%は、毎年の収入が6万ユーロに達していない。所得がより高い人々の税率を増やすことによって、納税者の90%の負担を減らすことが目的だ」としている。
さらに緑の党は、現在夫婦に対して適用されているEhegattensplitting(夫婦の所得均等分割の原則)を部分的に廃止する方針も打ち出している。Ehegattensplittingとは、夫婦の所得の格差に関わらず、夫と妻の所得の合計を2等分して、それぞれの所得に税率を適用する原則。この原則を廃止した場合、所得額や子どもの数によっては毎年の税負担が増えるケースが出てくる。
所得の再分配が狙い
これらの主張から、SPDと緑の党が所得の再分配を目指していることは明らかである。ドイツでは、市民の6人に1人が貧困にさらされている。(EUの定義によると、全市民の所得の中間値の60%を下回る市民が貧困層とされる)これに対し、所得が最も多い20%の市民の所得の合計は、所得が最も少ない20%の市民の所得の合計の4.5倍に達している。
さらに欧州中央銀行の調査によると、ドイツの個人資産の中央値は、ギリシャやキプロス、スペインなどよりも大幅に低い。その理由は、ドイツではアパートや家を所有している市民の比率が44%と南欧諸国に比べて大幅に低いことである。この国では可処分所得が低いために住宅を購入できる人は限られており、市民の6割以上が賃貸アパートに住んでいる訳だ。SPDや緑の党は、こうした格差を是正することを狙っているのだ。
自営業者は強く反発
これに対し、ドイツの自営業者たちからは両党の案に対する批判の声が上がっている。ドイツ手工業者中央連盟(ZDH)は、「SPDと緑の党の増税案は、特に個人企業への負担を最も大きくする」と指摘。またメルケル首相の率いるキリスト教民主同盟(CDU)からも、「特に緑の党の増税案が実行に移された場合、100万人分の雇用が失われる」と警告している。
9月の総選挙では、SPDが何らかの形で政権に加わる可能性が高い。公共放送ARDが4月4日に行なった世論調査によると、CDU・CSU(キリスト教社会同盟)、自由民主党(FDP)の与党勢力への支持率は45%。FDPは5%の得票率を確保できるか微妙で、連邦議会に会派を送り込めない危険性もある。一方、SPDと緑の党への支持率は41%。与野党ともに過半数を取れない可能性が強まっているのだ。
だが現在、与党勢力への支持率はさらに下がっていると見られる。メルケル首相にとって都合の悪いことに、4月末にバイエルン州でCSUの重鎮たちのスキャンダルが発覚したからだ。バイエルン州議会のCSU会派代表であるG・シュミット議員は、長年にわたり妻を秘書として雇用する契約を結び、公費で毎月5500ユーロの「給料」を支払っていた。さらに州政府の教育相、農業相らについても同様の疑惑が浮かんでいる。すさまじい公私混同である。
大連立政権は不可避?
このスキャンダルによって、CSUへの支持率が低下することは火を見るよりも明らかだ。SPDにとっては追い風となろう。このため連邦議会選挙の結果次第では、CDU・CSUとSPDが嫌々ながら大連立政権を組まざるを得なくなるかもしれない。
大連立政権が誕生した場合、SPDが富裕層への課税強化を要求することは明白である。自営業者や高所得層にとっては、厳しい4年間がやってくることになりそうだ。
17 Mai 2013 Nr.954