ジャパンダイジェスト

ドイツの落ちた偶像たち

メディアの表舞台で脚光を浴びる有名人たち。新聞、テレビ、雑誌はこうした「セレブ」なしには生きていけない。だが彼らの中には、栄光の頂点から突然、真っ逆さまに転落する人々がいる。

サッカー界の大御所の脱税事件

バイエルン・ミュンヘンのヘーネス会長
バイエルン・ミュンヘンのヘーネス会長。
4月23日、欧州CL準決勝バイエルン対
バルセロナ(スペイン)の試合にて

ウリ・ヘーネス(61)は、まさにその1人だ。彼は、ブンデスリーガで人気の高いサッカーチーム「FCバイエルン・ミュンヘン」のゼネラルマネジャーである。

今年4月にメディアの報道によって、スイスの銀行に320万ユーロ(4億1600万円・1ユーロ=130円換算)の資産を隠し持って脱税していたことが発覚。ヘーネスは、ドイツで最も有名なスポーツ業界人で、メルケル首相など多くの政治家とも知己がある。名選手だったヘーネスは、ニュルンベルクのソーセージ・メーカーを経営する実業家としても有名だ。

テレビのトークショーなどに出演し、スポーツの話題だけではなく銀行危機など、専門外の時事問題についても発言する「ご意見番」としても人気があった。そうしたマスコミの寵児が、脱税の罪で検察庁に起訴されたことは、サッカーファンだけでなく多くの市民に衝撃を与えた。320万ユーロの内、290万ユーロについては時効になっているため、量刑は軽いものになると見られているが、その栄光には大きな傷が付いた。

財界のご意見番の転落

脱税で転落した著名人と言えば、ドイチェ・ポストの社長だったクラウス・ツムヴィンケル(69)を忘れることはできない。

財界の大物で政治家に知り合いも多かったツムヴィンケルは、約100万ユーロ(1億3000万円)を脱税した疑いで、2008年2月に検察庁に摘発された。公共放送ZDFは、ツムヴィンケルが自宅で検察官によって任意同行を求められるシーンの撮影に成功。この特ダネ映像は、ドイツ中を駆け巡った。郵便事業を民営化したツムヴィンケルは、国から勲章まで授与された著名人だったが、裁判所から執行猶予付き2年間の禁固刑と100万ユーロの罰金刑の判決を言い渡された。

彼の転落につながったのは、リヒテンシュタインのLGT銀行の元行員が盗み出した顧客データである。この元行員は、約900人のドイツ人資産家に関するデータを収めたCD-ROMを、ドイツの諜報機関である連邦情報局(BND)に提供。メルケル政権は、420万ユーロ(約5億4600万円)の報酬を支払ってデータを入手した。

検察庁と税務当局は、この顧客リストを基に、資産家に対する強制捜査に着手。その網にかかった富裕層の1人がツムヴィンケルだった。ZDFの映像を見た資産家たちは、震え上がった。最初の2週間で91人の資産家が脱税していたことを自主申告し、税務当局は2780万ユーロ(36億1400万円)の脱税額を回収した。かつての「財界のご意見番」だったツムヴィンケルも前科者となり、マスコミの表舞台から姿を消した。

グッテンベルクと博士論文

脱税と並んで、著名人たちを奈落の底に突き落とす地雷原が、「博士論文」である。最も激しい転落ぶりを見せたのが、連邦国防相だったカール・テオドール・ツー・グッテンベルク(41)だ。彼はここ数年のキリスト教社会同盟(CSU)の中で、最も人気のある政治家だった。2009年に連邦経済相、2年後には国防相となった。フランケン地方の貴族の血を引き、甘いマスクを持ったグッテンベルクは、しばしば美しいブロンドの髪を持つ妻とともに女性誌の表紙を飾る、珍しい政治家だった。

ドイツの政治家としては稀有なカリスマ性を持ち、将来の首相候補という声もあった。ところが、彼がバイロイト大学で2007年に博士号を授与した際の論文に、ほかの論文からの盗用部分があることが判明。2011年に大学は彼の博士号を剥奪した。その直後に彼は国防相の職だけでなく、連邦議会議員のポストも辞職した。グッテンベルクは人気の絶頂で挫折し、あっという間にメディアの舞台から姿を消した。太陽に近付き過ぎて、羽根を固定していた蠟が溶けて転落したイカロスを思い出す(バイエルン政界の事情通によると、グッテンベルクはこの論文を自分で書かず、ゴーストライターに書かせていたという説もある)。

教育相よ、お前もか。

ドイツには、IT技術を駆使して、著名な政治家の博士論文の盗用部分を次々にチェックするプロの「盗用調査マン」がいる。彼らは政治家たちの博士論文をスキャンして、ネットで検索する。盗用部分が数値化されるので、政治家は抗弁できない。IT革命によって、盗用調査技術も飛躍的に進歩したのだ。

この盗用調査マンによって転落したもう1人の著名政治家が、アンネッテ・シャヴァン(58、CDU)である。彼女はドイツの教育行政を司る連邦教育相だったが、1980年に博士号を取った際の論文に盗用疑惑が浮上した。デュッセルドルフ大学は、今年2月にシャヴァン氏の博士号を剥奪。彼女は教育相の職を辞した。彼女は教育行政の責任者として、グッテンベルクの盗用疑惑が浮かび上がった際、彼を批判していた。その彼女が、自分でも他人の文章を盗用して博士論文を書いていたというのだから、滑稽である。

ここに挙げた4人は、運命の急変を経験した著名人の氷山の一角にすぎない。一寸先は闇。今後も転落する偶像たちは、後を絶たないだろう。

6 September 2013 Nr.961

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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