今年3月のロシアによるクリミア半島併合以来、ウクライナをめぐる状況はエスカレートの一途をたどってきたが、7月17日にその危機は頂点に達した。ウクライナ内戦に全く関係のない多数の民間人が巻き添えとなって、命を落としたのである。
親ロシア武装勢力の誤射か
この日、ウクライナ東部地域の上空を飛んでいたマレーシア航空の旅客機MH17便が墜落し、乗客・乗員合わせて約300人が犠牲となった。西側軍事関係者の間では、「親ロシア武装勢力が、旅客機を軍用機と誤認して、対空ミサイルで撃墜した」という見方が広がっている。米国のオバマ大統領は、MH17便は撃墜された可能性が強いとしている。同国は軍事偵察衛星などによってウクライナ東部地域を24時間体制で監視しているので、すでに何らかの具体的な情報を握っているはずだ。
7月23日、オランダ人搭乗者の遺体を祖国へ送る準備をするウクライナ護衛兵
軍事関係者の間では、ロシア製の自走式地対空ミサイル「ブーク」が使われたという見解が有力だ。このミサイルは1970年代に開発された兵器だが、改良を重ねられ、現在のブークの最大射程は2万5000キロメートルに達する。通常旅客機の飛行高度は1万キロメートルなので、このミサイルの射程内である。
MH17便は、救難信号を出す間もなく墜落した。さらに、機体が分解して広い地域に分散していることも、撃墜の可能性を示唆する。ブークは戦車のような車体の中にレーダーを搭載しており、画面上で捉えた目標に命中する確率は95%と言われる。
もしも親ロシア武装勢力がMH17便を撃墜したとすれば、同機のフライトレコーダーやボイスレコーダーの回収など、事故原因の究明は困難を極めるだろう。墜落地点は親ロシア武装勢力が支配している地域なので、調査活動が制限される可能性が強く、親ロシア武装勢力による撃墜を示唆する証拠は隠滅される危険性が高い。事故の原因が本当に誤射にあるとしたら、持続的な停戦を実現できないロシア政府、ウクライナ政府にも今回の事故の責任がある。さらに、両国を交渉のテーブルに着かせることができない欧米諸国にも、間接的な責任がある。戦争によって最も大きなツケを払わされるのは、常に市民なのだ。
空域は封鎖されていなかった
空の旅は30年前に比べて割安になり、快適になった。だが今回の事件は、空の旅も実は薄氷の上を歩んでいることを浮き彫りにした。
読者の皆さんの中には、「なぜ内戦が行われている地域の上空を、旅客機が通過していたのか」と思われる方もおられるだろう。だが航空界では、国際民間航空機関(ICAO)などが飛行禁止命令を出さない限り、紛争地域の上空を旅客機が通過するのは日常茶飯事である。特にマレーシアなど、東南アジアと欧州を結ぶ飛行ルートは、ロシアとウクライナ国境の上空を通っている。内戦が勃発してからも、数百機の旅客機がこの空域を通過している。
紛争地域上空の空域が封鎖されていないのに、そうした地域を迂回して飛ぶと、旅客機の燃料消費量が増え、到着が遅れる可能性も高まる。したがって、航空会社にとっては利益にならない。しかし私は、「米国政府は遅くとも、7月14日にはICAOに対してウクライナ東部地域の民間機の飛行を全面的に禁止するよう勧告すべきだった」と考えている。その理由は、7月14日に親ロシア武装勢力が、ウクライナ政府軍の輸送機を地対空ミサイルによって撃墜していたからである。しかも、米国の情報筋は、7月初めにはウクライナの諜報機関経由で、ロシアがウクライナ東部の親ロシア武装勢力に旧式のブーク・ミサイルを2基供与したことをつかんでいた。当初米国政府は、親ロシア武装勢力には、このブーク・ミサイルを使って航空機を撃墜する能力がないと見ていたようだ。だが米国は、7月14日に親ロシア武装勢力がウクライナの輸送機を撃墜した時点で、この地域上空の民間機の飛行を禁じさせるべきだった。そうすれば、MH17便が撃墜されることはなかったに違いない。
1 August 2014 Nr.983