ドイツの対外諜報機関・連邦情報局(BND)をめぐる、超弩ど級のスキャンダルが暴露された。今後の展開によっては、メルケル政権の存立を揺るがしかねない「破壊力」を秘めている。
シュピーゲル誌の表紙(5月2日発行)
BNDが欧州企業を盗聴?
週刊「シュピーゲル」誌の調査報道チームは、4月下旬に「米国の諜報機関である国家安全保障局(NSA)が、BNDに数百万件のメールアドレスやIPアドレス、携帯電話番号を渡して盗聴を依頼していたが、盗聴の対象にはフランスの外交官や欧州の企業も含まれていた」というスクープ記事を放った。
NSAは2001年の同時多発テロ以来、アルカイダなどのイスラム過激派組織の動向をつかむために、世界的規模でメールや通話の盗聴を強化している。イスラム過激派はしばしば欧州に拠点を持っているため、NSAはBNDに協力を要請したのだ。BNDが米国側から要請を受けたのには、バイエルン州のバート・アイブリングに、NSAから引き継いだ高性能の盗聴システムを所有しているためであろう。
だが、2013年にBNDが米国から盗聴を依頼されたアドレスや電話番号を点検した結果、BNDが盗聴を禁止されている同盟国フランスの政府関係者や、ドイツ企業が関与していた欧州航空防衛大手EADS(現在のエアバス社)も含まれていることが分かったのだ。その数は実に約4万件に上る。シュピーゲル誌の報道が事実ならば、BNDは最も密接な関係にある同盟国フランスの外交官を盗聴していただけでなく、産業スパイの片棒を担いでいたことになる。
連邦首相府の異例のコメント
しかしBNDは、連邦首相府直属の機関であるにもかかわらず、この事実を連邦首相府に報告していなかった。2012年からBNDの長官を務めるゲアハルト・シンドラーがこの事実を知ったのは、今年の4月12日。彼は直ちに連邦首相府にこの違法盗聴について報告したが、それが連邦議会のNSA盗聴問題調査委員会に伝わり、シュピーゲル誌にリークされた。
そうした経緯でメディアが動き出したため、連邦首相府は異例の措置を取った。4月23日に、連邦政府のスポークスマンが「BNDに技術的、組織的な欠陥があったことが判明した。このため連邦首相府は、この欠陥を直ちに是正するよう指示を出した」という声明をウェブサイト上で発表したのだ。連邦首相府が「身内」であるBNDを批判する公式声明を出すというのは、前代未聞である。メルケル政権は、「スキャンダルの規模が大きく、とても隠し通せるものではない」と考えたのであろう。
大連立政権を揺さぶる不協和音
この盗聴事件は、メルケル首相(キリスト教民主同盟=CDU)とガブリエル副首相(社会民主党=SPD)間の信頼関係にも亀裂を生じさせた。大連立政権のパートナーであるSPDは、メルケル首相と連邦首相府に集中砲火を浴びせており、経済相も兼任するガブリエル副首相は5月4日、メルケル首相との諜報機関に関する会話の内容をメディアに暴露し、CDU/CSU(=キリスト教社会同盟)を激怒させた。
ガブリエル氏は、「私はメルケル首相に、“BNDがNSAの依頼を受けて企業に対するスパイ行為を行ったことを示す証拠があるのか”と2回尋ねたが、メルケル氏は2回とも否定した」と述べたのである。彼の言葉には、メルケル氏への不信感がにじみ出ている。さらに、「今回の疑惑は、これまでのBNDのスキャンダルとは異なり、政権を大きく揺るがす可能性がある」とも述べ、BNDの違法盗聴を極めて重く見ていることを明らかにした。首相と副首相が他者を交えずに行った会話、しかも諜報機関の活動に関する話の内容を公表するのは、連立政権のルールに違反する行為だ。ドイツの政治記者たちは、ガブリエル氏の今回の発言を「SPDのCDU/CSUへの宣戦布告であり、2017年の連邦議会選挙でガブリエル氏が首相の座を目指すという意思表示」と解釈している。
メルケル首相を証人喚問か
5月5日、メルケル首相はNSA盗聴問題調査委員会に証人として出席し、証言する用意があることを明らかにした。同委員会は、「BNDが違法に盗聴していた個人や企業を特定できなければ、調査が不十分になる」として、リストの公開を求めている。しかしメルケル氏は、それを拒否した。今回の疑惑の焦点は、BNDがなぜ2年間も違法盗聴の事実を隠していたのか、さらに、連邦首相府は本当に、今年4月まで違法盗聴について知らなかったのかということである。しかし、議会の調査権には限界があるため、これまでのBNDに関する醜聞と同じく、真相は闇の中にとどまるだろう。2007年にドイツの捜査当局は、NSAからの情報により「ザウアーラント・グルッペ」と呼ばれるイスラム系テロ組織の爆弾テロを防ぐことができた。ドイツは今後も、NSAの情報に依存せざるを得ないのだ。
一方、BNDも米国の中央情報局(CIA)やNSAの諜報活動に協力してきた。特に米国のスパイが活動しにくい中東や欧州では、BNDが諜報活動を肩代わりした。米国が自国企業を利するために、欧州や日本企業の活動について諜報活動を行っていることも周知の事実である。だが企業の間では、今回のスキャンダルについて批判が高まっている。今後は、「国家によるサイバー攻撃」について、警戒感が強まるだろう。
15 Mai 2015 Nr.1002