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欧米のポピュリズムと社会保障

激動の時代に突入した欧州連合(EU)
激動の時代に突入した欧州連合(EU)

2017年は「EU危機の年」と言われた。その理由は、欧米での右派ポピュリズムの高まりである。例えば去年、英国の有権者の過半数がEU離脱(BREXIT)の道を選んだ。米国では、ドナルド・トランプ氏が大統領選挙に勝利し、ホワイトハウスの主として世界最大の軍事大国を率いることになった。BREXIT・トランプ勝利は、ともに自国優先主義と排外主義の表れだ。

オーストリア・オランダでポピュリスト敗退

今年は多くのEU加盟国で重要な選挙が行われる年だ。このため、米英で起きた想定外の事態が、欧州大陸でも起こるのではないかと懸念されたのだ。だが8月までに欧州大陸のEU加盟国で行われた選挙では、米国・英国のように右派ポピュリストが勝利し、国の針路を保護主義・孤立主義の方向に転換するという事態は起きなかった。まず2016年5月に行われたオーストリアの大統領選挙では、右派ポピュリスト政党・自由党(FPÖ)のノルベルト・ホーファー氏が約35.1%の票を確保して首位に立った。だが憲法裁判所が「不在者投票の方法に不備があった」と断定したために、同年12月に再投票が行われた。この時には緑の党のファン・デア・ベレン氏が約53.8%の票を確保し、7.6ポイントの僅差でホーファー氏に対して勝利を収めた。また今年3月にオランダで行われた総選挙でも、反EU・反イスラムを旗頭に掲げるヘルト・ウィルダースの右派ポピュリスト政党・自由党(PVV)が、首位に立つことが予想されていた。しかし有権者が中道保守勢力である自由民主国民党(VVD)に21.3%の票を与えたため、PVVは第2位に甘んじた。PVVの得票率は13.1%と、首位のVVDに約8ポイントの差をつけられた。

ルペン氏の勝利を防いだマクロン氏

今年の選挙で最も注目されたのが、フランスの大統領選挙だった。右派ポピュリスト政党・国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン候補は「大統領に就任した場合、フランスの欧州連合(EU)からの離脱に関する国民投票を行う」と宣言していたからだ。英国とは異なり、フランスはEU創設国の一つ。したがってフランスが離脱した場合、EUの存立が根底から脅かされる危険があった。だがフランスの有権者は、EU支持派であるエマニュエル・マクロン候補を大統領に選んだ。選挙への立候補の経験がゼロで、議会に議席がなかった市民運動「前進する共和国(LREM)」のリーダーが、FNだけでなく伝統政党の共和党や社会党を圧倒して、大統領の座に就いたのだ。第一次投票ではマクロン氏とルペン氏の得票率の差は4ポイントに満たなかったが、第二次投票ではマクロン候補がルペン候補の得票率の2倍近い票を得て、勝った。6月に行われた国民議会選挙でも、マクロン大統領のLREMは、単独過半数の確保に成功した。つまり米国と英国では右派ポピュリストが勝利を収めた。これに対し、欧州大陸の有権者達は、右派ポピュリストを権力の座につけることを拒んだ。この違いは、どこから来るのだろうか。

社会保障制度が鍵

要因の一つは、社会の所得格差である。右派ポピュリストが勝った米国と英国では、欧州大陸の国々に比べて社会保障のサービスが手薄であり、失業したり重い病気にかかったりした際の、安全ネットが少ない。

これに対しフランス、オランダ、オーストリアでは、米英に比べて社会保障制度が手厚い。失業保険や健康保険、年金保険などは、所得を富裕層から貧困層に再配分する機能を持っている。つまり社会保険が貧困率を抑制しているのだ。グローバル化により工場が閉鎖され、労働者が路頭に迷った場合、米英と西欧諸国の間では、失業したりホームレスになったりするリスクに大きな違いがある。たとえばドイツやフランスでは、失業した場合、政府が失業援助金以外に、家賃まで払ってくれるが、米国にはこのような制度はない。

つまり社会保障が手薄で格差が拡大している米国や英国では、有権者の過半数が右派ポピュリストに籠絡され、安全ネットが手厚い西欧の国々では、有権者が右派ポピュリストに「ノー」と言ったのである。私は、今後の選挙でも社会保障の手厚さが、ある国が右派ポピュリストに誘惑されるかどうかを占う目安の一つになると分析している。社会保障が削減されて、安全ネットが薄くなり、所得格差が拡大する国では、右派ポピュリストが権力の座に就く危険が高くなる。

低迷するAfD

9月24日には、ドイツで連邦議会選挙が行われる。反イスラム・反ユーロを標榜する右派ポピュリスト政党・ドイツのための選択肢(AfD)への支持率は、現在は10(去年15)%前後に下がっている。同党は去年ザクセン・アンハルト州など3カ所の州での議会選挙で2桁の得票率を記録。だが当時は、まだ2015年の難民危機の記憶が生々しく、メルケル首相に対する国民の不満が高まっていた。AfDの得票率が5%を超えて、同党が連邦議会入りすることは避けられない。だが9月末までに突発的な事態が起こらない限り、同党がこの国の政局に大きな影響を与える勢力にのし上がる可能性は低いと思う。その理由の一つは、ドイツの社会保障制度が手厚く、貧困率を引き下げる機能を果たしているからだ。今年5月のARDの世論調査によると、回答者の80%が「私の経済状態は良い」と答えている。こうした時期に、多数の有権者がAfDに票を集中させるという「暴挙」に走る可能性は低いだろう。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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