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米国・シリアに軍事介入 トランプの戦略転換とドイツ

4月7日、トランプ政権のシリア軍事攻撃に抗議する米国市民
4月7日、トランプ政権のシリア軍事攻撃に抗議する米国市民

ドナルド・トランプ氏が米国大統領に就任してから約3カ月。初めて米国と欧州の歩調が一致した。トランプ政権が4月7日に初めて、シリアのアサド政権に対する軍事行動に踏み切ったのだ。

毒ガス攻撃に激怒

4月7日未明、地中海に展開していた米軍の艦船は、59発のトマホーク型巡航ミサイルを発射し、シリア空軍の基地を攻撃した。欧州のメディアは「米国第一主義と孤立主義を掲げていたトランプ政権が、世界の警察官に立ち返る予兆か」と報じた。

トランプ氏を動かしたのは、毒ガスによって殺害されて累々と横たわる、シリア市民たちの遺体の映像だった。犠牲者には、多くの子供たちも含まれていた。

化学兵器による攻撃があったのは、シリア北西部・イドリブ県のカーン・シェイクン。アサド政権と戦う反政府勢力が支配する地域だ。この村で4月4日に化学兵器を使った攻撃が行われ、市民約90人が呼吸困難に陥り死亡した。化学物質はまだ特定されていないが、サリンのような神経ガスではないかと見られている。サリンなどの毒ガスの使用は、1997年に発効した化学兵器禁止条約によって禁じられている。化学兵器は、「貧者の核兵器」と呼ばれる。核兵器に比べると製造が容易で高いコストがかからない割に、多数の兵士や市民を殺傷する能力があるからだ。

誰が毒ガスを使ったのかは特定されていないが、米国はシリア軍による攻撃という疑いを深めている。犠牲者の映像を見たトランプ氏は、「可愛い赤ん坊まで殺された。アサド政権は、最後の一線を超えた」と激怒し、シリア攻撃命令を出した。彼は重要な同盟国の指導者らに対し、攻撃について電話で通告していた。

ロシアとの関係も悪化

米国の攻撃は、大きなターニング・ポイント(転換点)だ。米国がシリア内戦に軍事介入したのは、初めて。シリアでは2013年にもサリンによって民間人が殺害されたが、当時大統領だったオバマ氏は軍事介入しなかった。彼はアフガニスタン、イラクでの対テロ戦争で疲弊した米国を、泥沼のシリア内戦に引きずり込むことを避けたのだ。トランプ氏は大統領に就任する前は、シリア内戦への介入に反対していた。彼は毒ガスの使用を見て、アサド政権に対する考えを変えたと告白している。

さらにこの攻撃は、トランプ政権のロシアとの関係を決定的に悪化させたという意味でも、大きな変化を意味する。アサド政権の最も重要な支援者であるプーチン政権は、米国の軍事介入に激怒している。大統領に就任する前のトランプ氏には、ロシアのプーチン大統領との関係を改善しようとする言動が目立っていた。そのことは閣僚の顔ぶれにも表れており、国務長官にはロシア通の石油会社幹部を抜擢した。

トランプ氏の方向転換には、2017年2月にホワイトハウスの国家安全保障担当補佐官に就任したハーバート・マクマスター氏の影響が大きい。前任者のマイケル・フリン氏のような右派ポピュリストではなく、生粋の軍人であるマクマスター補佐官は、トランプ氏に対して「アサド政権の毒ガス攻撃を傍観していたら、米国の威信が失墜し、世界中の独裁者たちからなめられる」として、シリア攻撃を進言したのだろう。

欧州が珍しくトランプを支持

今回のシリア攻撃について、欧州の指導者たちはトランプ支援で足並みをそろえた。ドイツのメルケル首相も今回のシリア攻撃を前向きに評価している。欧州諸国は、アサド大統領失脚をシリア和平の前提条件と見なしているが、米国はその立場に近付いたのだ。欧州諸国とトランプ政権の間では、アラブ諸国からの市民の入国禁止問題、通商問題、地球温暖化防止、防衛費の増額問題などをめぐって、不協和音が目立っていた。また、ドイツや欧州連合(EU)は、ロシアがクリミア半島を強制的に併合したことや、ウクライナ内戦に介入するなど、強権的な姿勢を強めていることを強く懸念している。プーチン政権はバルト三国に対しても圧力を高めており、欧州には東西冷戦の再来を思わせる雰囲気が漂っている。それだけに、トランプ氏がシリアとロシアに対し今回毅然とした態度を取ったことは、ドイツにとっては良いニュースである。さらに、右派ポピュリストのフリン氏が国家安全保障担当補佐官を辞任し、極右ニュースサイトの主宰者だったスティーブン・バノン氏が国家安全保障会議から外されたことも、欧州諸国には安心感を与える材料だ。

緊迫する東アジア情勢

さて我々日本人にとって気になるのは、東アジアでの緊張の高まりである。北朝鮮が弾道ミサイルの発射実験を繰り返し、周辺諸国で不安が強まる中、トランプ政権は空母「カール・ビンソン」など複数の艦船を朝鮮半島へ派遣した。

万一朝鮮半島で戦端が開かれた場合の被害は、甚大なものになる。戦争になった場合、北朝鮮は米国の敵ではないが、自暴自棄になった金正恩政権が周辺諸国にミサイル攻撃を行う危険がある。「米国の先制攻撃」という言葉が飛び交っているが、このカードは、あくまでも敵を抑止する盾としてのみ使うべきだ。トランプ氏はシリア攻撃によって欧州諸国から高く評価されたことで気を良くしていると思うが、東アジアでは偶発戦争を避けるために、くれぐれも細心の注意を払ってほしい。戦火で最も苦しむのは、常に庶民だ。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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