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迷走するドイツ政治 - 選挙で敗北した大連立政権が復活?

ドイツの町にはクリスマス市場が作られ、師走の雰囲気に包まれている。だがこの国を覆う黒雲は厚い。

読者の皆さんの中には、「連邦議会選挙から2カ月以上も経っているのに、政権の姿形も見えない。EUのリーダー国、ドイツがこんな状態で、大丈夫なのか」と呆れている方もいるのではないだろうか。

シュタインマイヤー大統領とメルケル首相とシュルツSPD党首
11月30日に行なわれたシュタインマイヤー大統領(中央)との会合を終えた
メルケル首相(左)とシュルツSPD党首(右)

ジャマイカ連立交渉決裂後の混乱

実際、我々が今ドイツで経験しているのは、この国で未曽有の事態である。キリスト教民主同盟・社会同盟(CDU・CSU)、自由民主党(FDP)、緑の党が約5週間にわたって続けてきた、ジャマイカ連立政権を樹立するための交渉は、11月19日に決裂した。FDPが「連立協定書にはあまりにも緑の党の筆跡が濃すぎる」と判断して、交渉から離脱したからである。連邦議会選挙の後に、各党が交渉により連立政権の樹立に失敗したのは、ドイツの歴史で初めてのことである。

社会民主党(SPD)のマルティン・シュルツ党首は、その直後に「SPDは政権に加わるつもりはない」と発言した。シュルツ氏は、9月24日の連邦議会選挙で同党の得票率が約20%という史上最低の水準に落ち込んだことから、次期政権には加わらず、野党席に戻ることを宣言していた。シュルツ氏としては、ジャマイカ連立交渉が決裂した後も、政権復帰の意思がないことを再確認したのだ。このため大政党の幹部達は、選挙をやり直して改めて民意を問うべきだという姿勢を打ち出していた。メルケル首相も交渉決裂後のインタビューで、「少数派与党政権を作るよりは、選挙をやり直すべきだと思う」と語っていた。

突如浮上した「大連立政権・復活論」

だが交渉決裂後、1週間も経たない内に政界の風向きは、大きく変わった。SPD内部で「シュルツ党首は前言を撤回して、CDU・CSUと協議を開始し、大連立政権に加わるべきだ」という意見が高まり始めたのだ。特にフランク・ヴァルター・シュタインマイヤー連邦大統領は、「選挙結果は、国民が政治家に与える最も重要な意思表示だ。政界がこれを無視して、有権者にもう一度選挙をやり直せというのは、許されない」として、再選挙に否定的な姿勢を打ち出した。彼は各党の党首と協議して、政権樹立へ向けて協調するように要請した。ドイツの新聞社や放送局も11月26日頃から一斉に、「シュルツ党首にSPDを大連立政権に参加させるべきだという圧力が高まっている」という論調の記事やニュースを流し始めた。

なぜドイツの大政党や大手メディアは、大連立政権へ向けて動いているのだろうか。まず第一に、政権の空白状態が長期化することへの懸念だ。選挙をやり直す場合、投票日は早くとも来年初めにずれ込む。総選挙から約5カ月も政府が決まらないというのは、前代未聞である。さらに政治家達の間には、「有権者がここ数カ月間の政界の迷走を見て、大政党に対する不信感を一段と募らせ、ドイツのための選択肢(AfD)の得票率がさらに上昇する危険がある」という読みもある。実際、AfDは選挙のやり直しを求めている。

シュルツ党首は、シュタインマイヤー大統領との会談の後、態度を軟化させ、大連立政権の可能性を完全に否定しなくなった。彼は、大連立政権に参加するかどうかについては、最終的にSPD党員の投票で決める方針だ。

大連立政権は万能薬ではない

しかし、大連立政権も全く問題がないわけではない。CDU・CSU、SPDは、難民政策を理由に有権者から厳しい審判を受けた。この三党は9月の総選挙で得票率を大幅に減らし、歴史的な後退を経験したのだ。つまり一旦「敗北」した政党が、再び大連立政権を構成して権力の座に就くのは、政治の変革を求めた有権者の意向に反するのではないかという疑問が湧いてくる。市民の伝統的政党への不信感は、増すかもしれない。またSPDの中には、若年層を中心として、大連立政権への参加に強硬に反対する勢力もある。SPDは、政権に参加する条件として、さまざまな注文を付けるだろう。

民間健康保険の廃止を求めるSPD

現在取りざたされているのは「市民健康保険」の導入だ。現在ドイツでは、所得が一定水準を超える市民が民間健康保険に入っている。市民の約10%が加入している民間健康保険は、保険料が高いが、支出額に上限がないので医師や病院にとって重要な収益源となっている。このため民間健康保険に入っている市民は、医師のアポイントを取りやすいなどの利点がある。

SPDは民間健康保険を廃止して、自営業者や富裕層も強制的に「市民健康保険」に加入させるべきだと主張している。保険業界やCDU・CSUは、この案に強く反対している。またSPDは公的年金など社会保障制度の充実も要求するだろう。このためCDU・CSUとSPDの間の交渉も難航することが予想される。

さらに、SPDの党首をめぐる議論も再燃するだろう。シュルツ氏は、9月末に行った「下野する」という宣言を、3カ月足らずであっさり撤回した。シュルツ氏の政治家としての信頼性は、地に落ちたも同然だ。仮に大連立政権が誕生するにしても、シュルツ氏が党首
の座に留まるのは困難だろう。

EUの中心に位置するドイツの政局の流動化は、欧州全体に悪影響を与えかねない。私は、この国に住む市民の1人として、一刻も早い政局の安定化を望む。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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